SHARE

【無料公開】『リゼロ』短編集4「高慢と偏屈とゾンビ」|43巻発売&第九章クライマックス直前記念

MF文庫J
MF文庫J
2025/12/18

   10

「ここにねん、我らが造物主の楽土を作る予定なのよん」
 そう言って、部屋の床に直接座るエッダが相対するプリシラの顔を覗き見た。その視線に対し、優雅に足を組むプリシラは頬杖をついて、「ほお」と呟き、
「一切、妾の関心を引かぬ話よな。ここからどう盛り返す?」
「つれないわねん。でも、あーたのそういう一貫した姿勢は貴重だわん。誰に対しても尊大で、必要な立場と権力がある……まさしく、理想的よん」
「――なるほど。大方の企みは読めたぞ」
「あらん、本当にん?」
 特段、情報を漏らした自覚はないのか、エッダが太い首を傾げる。その可愛げの微塵もない仕草に剣呑な目をして、プリシラはそっと窓の外へ目をやった。
 エッダ・レイファストの屋敷、その最奥の部屋にプリシラは軟禁されている。
 手枷はなく、室内を自由に歩き回ることも可能だ。三階だが、窓から外へ逃げることもできるだろう。ただし、部屋の外には監視の目があり、窓の外にも見えるだけで十体以上の屍人が見回りを続けている。
 すでに一度、日輪は陰った。落陽のあと、次の日昇には時間がかかる。
 さすがのプリシラも、無手で屍人の群れから逃げおおせられるとは考えていない。そもそも、額に汗して亡者から逃げ惑うなど絶対に御免である。
「妾がこの屋敷を出るときは、大手を振って正面から出ていくと決めている」
「威勢のいいことねん。でも、その願いは叶うかもしれないわよん。だって……」
「妾の頭と体を、薄汚い寄生生物で乗っ取るつもりでいるからか?」
「――ふふ」
 紅の瞳を細め、焼き尽くすような視線を向けられるエッダが巨体を震わせる。そして彼女は太い指には小さすぎる、透明なグラスをテーブルの上に置いた。
 グラスに注がれているのは、琥珀色をした液体だ。微かな香りから、それが上等な酒とプリシラにはわかる。だが、舌は誘われない。
 今の話の流れで置かれるグラスだ。何の変哲もないものであるはずがない。
「あーたは賢いわん。だから、説明は不要でしょん?」
「テンリル川の周辺の村が、貴様らの撒いたつまらぬ毒で汚された。大方、この酒も同じもので毒されておるのじゃろう? 芸のない奴輩よな」
「ごめんなさいねん。その分だけ、あーたの一杯は特別な一杯にしたからん」
 特別な一杯と、その前置きがこうも空しく響くことも珍しい。
 テンリル川の水を利用した村、その村民がことごとく屍人化した事態を思えば、その元凶たる寄生体が水から体内に侵入することは疑う余地がない。それはカッフルトン村の時点でわかっていたことだが、一点だけ問題があった。
 この寄生体の寄生対象は成人男性のみで、女子供には無害だと考えられていたのだ。
 それがエッダ・レイファストを支配し、次いでプリシラの肉体も狙っているのは――、
「――ある種の虫や鼠の中には、好んで集団で巣を作る種類がいる。そうした巣にあって秩序を保つには何が必要か、ちっぽけな脳しか持たぬ野性であっても答えは明白よ」
「……へえ。何なのん?」
「女王じゃ」
 これが面白い、とプリシラはこの屋敷に入って初めて笑みを浮かべた。
 集団で巣を作り、繁殖と巣の拡大を目的とした生物は頂点に女王を置く。子を産むのに女は不可欠と、それは生物の大小問わず不変の理であるらしい。
 王ではなく、女王。何とも奇妙な在り様だが、それは今の状況にも符合する。
 つまり――、
「――貴様らおぞましい寄生体も、女王の理屈が成立するようじゃな。すでにその体に命はなく、繁殖など夢のまた夢であろうに」
「あらん、どうかしらん。あたくしたちは急速に成長しているわん。最初は脳を腐らせて動くだけの死体、それが知性と思考を残した寄生体……このままいけば、完全に生きた状態で相手を乗っ取ることだって可能なはずよん」
「そして、ゆくゆくは生まれながらの『ぞんび』を作ると? 何とも、おぞましき千年王国を目論むものよ。それが貴様らの望む楽土、妾にその管理者となれと?」
「拒否はさせないわん。しても無駄なのはわかり切ってるでしょん? あーたが逃がしたメイドはまだ捕まってないけどん、それも時間の問題よん」
 辛くも逃げ続けるヤエだが、屋敷と周辺の包囲網は厳重だ。特に屋敷の周りの森などは材木業者であるエッダの部下の独壇場、ヤエの身のこなしでも分が悪い。
 そうして、状況を冷静に分析するプリシラにエッダは笑いかける。
「んふん。そんなに嫌がることはないわよん。かく言うあたくしも、完全に別人ってわけじゃないんだからん。――ただ、大事なものの順番が入れ替わっただけよん」
「くだらんことを言うでない。それを死と、そう呼ぶのであろうが」
「――ぐふ」
 分厚い唇から生臭い息を吐いて、エッダが低い音を立てながら嗤った。その不細工な音を聞いて、プリシラは形のいい眉を顰める。
 それからそっと、その白く細い指を酒のグラスへ伸ばし――、
「――ん」
「飲み干した、わねん。こっそりと流したなんてこともなく、従順ねん」
 琥珀色の酒杯を傾け、唇を赤い舌で舐めるプリシラにエッダは意外そうな顔をした。大人しく、プリシラが指示に従ったのが信じ難かったのだろう。
 だが、妙な小細工はない。中身を床に捨てたなんてこともなく、飲み干している。
 故にプリシラの体内には、エッダと同様の寄生体が侵入したはずで。
「そのうち、ゆっくりと効果が現れるわん。そうしたら、もっとあたくしと仲良くお話できるはずよん。造物主についても、話し合いましょん」
「またその名前か。ずいぶんとご執心のようじゃな」
「なんたって造物主だものん。あたくしたちの生みの親……正確には、今のあたくしに生まれ変わる切っ掛けだわん。あの方が安寧を得られる楽土を作り出すこと、それこそがあたくしたちの使命なのよん」
「造物主のための楽土の建設、か。――退屈極まりない話じゃな」
 全身の肉をたわませ、どす黒い敬愛を声音に乗せたエッダにプリシラは肩をすくめた。一瞬、その言いようにエッダの瞳を敵意が過るが、すぐにそれも掻き消える。
 彼女は再び頬杖をつくプリシラの前に立ち上がり、その美貌を見下ろしながら、
「どんな言葉も、あたくしたちの仕打ちが怖くて逃げたあとじゃ説得力がないわん。これだけ尊大なあーたが、造物主のために尽くす姿はきっと見物よん」
「ほう、その嗜虐的な趣味は醜女にしては悪くない。ヤエの戯言にもようやく妥協点が見つかった。――妾と貴様の気が合うやも、とあれは言っていてな」
「あららん。じゃあ、あたくしと仲良くしてくれる気になったってことん?」
「たわけたことを申すな。――貴様は、妾が手ずから処刑する。その醜く肥え太った図体を震わせ、涙を流して命乞いする様はさぞ見応えがあろう。と、どうじゃ? これに愉悦を覚える妾となら、先の言葉にも頷けよう?」
 嫣然と、唇を緩めて微笑むプリシラ。――それが、凄絶に美しいことが彼女の本質だ。
 エッダはそこで初めて、プリシラの存在に恐怖を覚えたように身震いする。それ自体が信じられないように、彼女は自分の掌を見た。
 すでにエッダの肉体は変革され、この世のあらゆる辛苦から解放されている。にも拘らず、今の身震いは何なのか。
 そうして、確かな優位にあるはずのエッダを見上げ、プリシラは目を細めた。そのまま彼女は胸の谷間から扇子を抜くと、それで己の口元を隠し、言った。
 プリシラの代名詞にして、彼女が信じて疑わない絶対の理を。
 それは――、
「覚えておくがいい。――この世界は妾の都合の良いようにできておる」
「――――」
「故に、貴様がどう足掻こうと、最期には焼かれ、灰となるだけよ。せいぜい、それまでの時間を有用に過ごすがいい。――妾の、道化の演目が届くまで」
 そう言って、プリシラは扇の先端を床へ向け、それ以上は語らない。
 それ以上を、語る必要もなかった。

  • リゼロ
  • 無料公開

関連書籍

  • Re:ゼロから始める異世界生活短編集 4
    Re:ゼロから始める異世界生活短編集 4
    リゼロ世界の短編集、ついに4冊目へ突入!描かれるのは本編の裏側、エミリア陣営の外側の物語。
    凸凹主従の歩み寄りを描く『ゼロから始める王選生活』。
    歩み寄った主従のその後の奮闘となる『金獅子と剣聖』。
    王国を襲ったまさかのパンデミック『高慢と偏屈とゾンビ』。
    そして、我らがオットーの受難を描く『悲喜交々行商録』。
    ナツキ・スバルの奮戦の裏で、彼ら、彼女らが歩んだ軌跡がここに結集!
    「名前も知らない奴隷仲間のふわっとした力にそんな期待するのやめてくれませんかねえ!?」
    赤ちゃんとゾンビと奴隷とオットー! いずれもWeb未掲載の物語が、ここに!
    長月達平 (著者) / イセ川 ヤスタカ (イラスト) / 大塚真一郎 (キャラクター原案)
    発売日: 2019/03/27
    • ラブコメ
    • ファンタジー
    • バトル
    • 異世界
    • 異能/能力
    • 魔法/魔術
    • アニメ化
    • コミカライズ
    MF文庫J
    試し読みする

みんなにシェアしよう