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プリシラの指示を受けた『真紅戦線』の行動は早い。
主の命令通り、赤拵えの重装備に身を包んだ兵士たちがテンリル川の流域へ集結し、カッフルトン以外に存在する三つの村をそれぞれ検める。
結果、寄生体の影響は他の二つの村でも発生しており、女子供の身柄の確保と引き換えに、やはり寄生された男たちが処分される結果を招いた。
「姫さんの陽剣なら、女子供とおんなじように男も助けられねぇの?」
「陽剣も万能ではない。体内の異物は殺せても、その異物に食われた穴まで埋めることはできん。貴様流に言えば、『すぽんじ』になった脳は救えぬ」
プリシラの答えを受け、アルは「なるほどね」と顎を引いた。
つまり、あの寄生体は男の脳を苗床にして、ゆっくりと全身を支配していくのだ。最初に脳が支配されるのだから、記憶や行動は曖昧なものになっていく。
バーリエル邸に異変を知らせた青年の証言、それとも一致する内容だった。
「あのお兄ちゃんは飯も食わずに、連中が手足を縫ってるのを見て逃げ出したって話だったな。……水、飲んでなきゃいいんだが」
「その点は、女性たちが抜かりありませんでしたよ。彼を無事に逃がしたい一心だったんでしょ~ね。持たせた水は煮沸、食事は保存食……感染源から遠ざけられていました」
「ひゅぅ、やる。愛だねえ」
おかげで青年は無事、彼の無事のために行動した少女もプリシラのおかげで無事だ。村は男手を失い、ほぼ壊滅状態だが、それでも失われていないものがある。
それなら、立て直すことは可能なはずだ。きっと。
「さて、そんなこんなで後味の悪い展開は避けられたってんなら……姫さんは、じーっと地図睨んで何考えてんだ?」
「――妙だと思わんか? テンリル川の付近にある村は四つ。そのうち、『ぞんび』の被害に遭ったのは三つ、被害を免れた村が一つだけある」
カッフルトン村の中央、家主を亡くして無人となった村長宅で、プリシラが机の上の地図を眺めながらアルへ尋ねた。その言葉にアルは「あー」と呻いて、
「たまたま、村の全員で断食と断水の荒行に挑んでたとか? なんかあるらしいぜ、そういう宗教。食べない飲まない遊ばないが、信仰の証になるんだとか」
「それで被害を免れたなら、『ぞんび』被害とは別の意味で問題であろうよ。考えられるのは川の流れ……他の村より、被害のなかった村は上流にあるな」
地図を指差して、被害の有無をテンリル川の上流と下流で分ける。当然、水は低きに流れるものなので、毒が流し込まれた場合、被害が出るのはその地点から下流のみ。
「なので、この被害を免れた村と、カッフルトンとの間に何があるかを調べてきました」
と、村長宅の扉を開けて、ひょいと顔を覗かせたのは赤髪を躍らせるヤエだ。彼女は気楽な調子でアルとプリシラに割って入ると、地図の上に印を付ける。
「この印は?」
「水車の印です。川辺の森では木材が切り出されて、船で下流へ運ばれる仕組みになっています。水車は主に粉挽き用だったと思いましたが、臭いですよね」
「――悪巧みの隠れ蓑にはもってこい、であろうな」
プリシラの返答に、我が意を得たりとヤエが頷く。
そんな二人の様子に、アルは「待った」と右腕を上げた。
「悪巧みだの隠れ蓑だのって盛り上がってるとこ悪ぃんだが……もうあれか? 姫さんたち的には完全に、ゾンビ災害はテロリズムって決め打ちした感じ?」
「当然であろう。いくら血の巡りが悪かろうと、これが人為的でなくてなんと考える? あまり馬鹿を申すな、アル。道化と愚物の違いくらいはわかっていよう?」
「……笑わせる奴と、笑われる奴だ」
「前者は見所があるが、後者は見出されなければ無価値に終わる。努々忘れるな」
突き放すような物言いだが、プリシラにしては優しいというべきだろう。ただ、アルにはアルで、この状況を良しとしたくない理由があるのだ。
――バーリエル領で発生する『ゾンビ化騒動』など、聞いたこともないのだと。
「アル様、怖い顔してますね。いけませんよ~、笑顔笑顔」
「オレの顔は見えねぇだろ」
プリシラとのやり取りで拗ねているとでも思われたのか、ヤエがそんな調子で話しかけてくるのに鼻を鳴らした。それから、アルはプリシラの睨む地図を指差して、
「で、隠れ蓑ってことは、この水車の管理者やら、木材業者が怪しいって踏んでんの?」
「そこから疑い始めるのが妥当であろうよ。ヤエ、代表者は?」
「――エッダ・レイファスト。荒くれ男たちを纏める女傑って話ですね~。もしかすると奥様と気が合うかもしれませんよ?」
「ふむ。妾と気が合うかどうかはともかく、最初の条件は『くりあ』したな」
記録を参照するでもなく、パッと答えたヤエにプリシラは片目を閉じた。その彼女の答えを聞いて、アルとヤエは「条件?」と揃って首を傾げる。
そんな付き人二人の反応に、プリシラは「そうじゃ」と赤い唇を緩めて、
「『ぞんび』となったものは男ばかり。ここまでの先例を考えれば、その女傑とやらの脳が『すぽんじ』になっている可能性は低い」
「あー、なるほど。そりゃ確かに」
「ただ――」
と、そこでプリシラは言葉を切り、もう片方の目も閉じて瞑目した。嫌な沈黙だと、アルは彼女の美しい横顔に声をかけようとして、
「――まぁいい。全ては、妾のこの目で確かめてからじゃ」
「――――」
何かを言わせる前に、全てを自分で決めてしまうところがプリシラらしい。
アルの憂慮にも気付いているだろうに、彼女はそのことには目もくれない。そのくせ、歩き出す背中にアルがついてこないことに気付くと、
「何をしておるか、アル。――妾の後ろに、飼い犬のように続け」
などと、当然のように言うのだからたまらない。
「本気で、その白い足舐めてやろうか。犬っぽく、鼻息荒く」
「うわ~、アル様ったらどん引き~」
堂々と歩く背中に続こうとして、隣の赤毛のメイドにそんなことを言われる。アルは自分の兜の金具に触れながら、無性に桃髪の少年執事が恋しく思えた。
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