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【無料公開】『リゼロ』短編集4「高慢と偏屈とゾンビ」|43巻発売&第九章クライマックス直前記念

MF文庫J
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2025/12/18

   5

「それにしても、マジでゾンビの村だったとはな……」
 そうこぼしながら、アルは自分が斬り殺した村人の亡骸を足でひっくり返した。その死相は安らかとは程遠く、彼には「ナンマンダブ」と祈ってやることしかできない。
 なにせ、単純な斬殺死体と違い、全身滅多斬りの酷い有様だ。
 ここまでの死体損壊、異常者の所業でもなければそうはお目にかかれまい。無論、アルにはそうした思惑はなく、必要に迫られてのことだったと言い訳ができるが。
「そもそも、斬られた死体の十倍以上も焼死体が転がってて、オレの言い訳なんかいるわきゃねぇって話だわな」
 言いながら、ぐるりと周囲を見回すと、あるわあるわ焼死体の山だ。
 襲ってくる村人を掻い潜り、戦い続けて死体はついには五十以上――その九割は焼死体であり、アルの作った死体など大した数でもなかった。中盤以降、アルはヤエと一緒になって、プリシラの紅の剣舞に声援を送り続けていただけだ。
 とはいえ、それで最適解。屍人化した村人の生命力は異常で、首や心臓といった急所を潰されてもピンピンしていた。図らずも、陽剣の炎こそが奴らの弱点であり、それ以外で殺し切るにはそれこそ滅多斬りにする残酷さが必要になる。
 あの異常な生命力と、炎を浴びて滅びる姿。ますます、アルの知るゾンビの生態と酷似していた。もっと言えば、ゾンビより寄生体の方がしっくりくるが――、
「わかりやすさ優先でゾンビって呼んどくが……姫さんの観察通り、女子供のゾンビがいねぇな。こっそり、村の中で食糧なんてことになってなけりゃ……」
「そんな怖い想像やめてくださいよ~。ちゃんと見つけてきましたってば」
 記憶と、炭化した死体の顔を見比べていると、村内を見回っていたヤエが戻ってくる。彼女はアルの呟きに顔をしかめ、自分の背後を手で示した。
 そこにはカッフルトンの住民だろう、女性や子どもたちの姿があった。
「それぞれ、日中はご家庭の納屋や倉庫に押し込まれていたそうで。姿形は家族と同じ化け物が、自分たちに普段の生活を強いていたとか……」
「そいつは……」
 正直言って、相当に薄気味悪い要求だ。外見は家族と同じでも、その中身が全く違う輩が普段と同じを演じろと命じる。――どの口が、としか思えない。
 だが、彼女らはそれを強要されていた。挙句、夜ごと手足ががたつくゾンビのために、取れかけた手足を繕う仕事までやらされて。
「この手の話、自分じゃ結構耐性があるつもりだったんだがな」
「兜のおかげで見えませんけど、これで眉一つ動かさないような同僚のいる場所では働けませんよ、怖くて。なので、ビビッてくれて大丈夫です、アル様」
「ビビったわけじゃねぇよ。ゾッとしねぇ話だなってのはあるけどな」
 微笑み、そんな慰めっぽいことを言ったヤエにアルは首を鳴らした。そのまま、ヤエは視線でアルに「どうしますか」と村人の処遇を問うてくる。
 ヤエが気にかけているのは、助かった女子供にどう家族の末路を伝えるか、だ。ゾンビ化した上に、最後は炭屑になったと素直に伝えるべきなのか。
 人生であまり想像する機会のない難題に、アルは無言で鉄兜の金具を弄るが――、
「――なんじゃ、村の生き残りか」
 そこへ、高台に置いてきた竜車に戻っていたプリシラがやってきた。生存者たちを見つめるプリシラに、アルは「姫さん」と慌ててその肩を掴む。
「気持ちはわかる。けど、堪えてくれ。姫さんが連中を嬉々として始末したなんて教えたら、錯乱した女子供の焼死体がもう二十体ばかり転がる羽目になる」
「貴様、妾のことをなんだと思っておるんじゃ。妾がわざわざ、夫を亡くした妻に、父を亡くした子に、兄を亡くした妹に、それを突き付けて笑うとでも思うのか」
「――――」
 正直思ったのだが、アルはその言葉をすんでのところで呑み込んだ。
 そしてその間、プリシラは生き残りの女子供の方へ歩み寄る。その先頭、所在なく立っていた少女がプリシラを見て、「あの」と意を決したように口を開く。
「アレイは、無事なんでしょうか?」
「アレイ……?」
「屋敷に報告にきた男性ですよ。アレイ・デンクツ」
 少女の尋ね人の名前に、首を傾げたアルへとヤエが耳打ちしてくれる。そう、来訪途中の竜車で聞いた名前だ。その、彼の身を案じたということは――、
「無事じゃ。あれを村の外へ逃がしたのは貴様か?」
「……偽物の、気を引いただけです。でも、無事でよかった」
 そっと胸を撫で下ろし、少女がアレイの無事に心から安堵する。本気で、あの青年のことを心配していたのだろう。そのために危ない橋を渡ることを厭わぬほどに。
 だが、結果的にその行いが、この密やかな屍人の侵略をプリシラに気付かせたのだ。
「褒美を取らせる。近ぅ寄れ」
「え、あ、はい……」
 その貢献を認め、プリシラが少女を手招きした。尊大な呼びかけに戸惑いつつ、少女は一歩、プリシラの下へ。そして――、
「舌を噛むでないぞ」
「――っ」
 次の瞬間、プリシラは何の躊躇もなく、その少女の唇を正面から奪った。
 初対面、説明なし、女性同士――様々な問題を一息に飛び越え、プリシラの別角度からの暴挙に背後の女子供も驚く。無論、仰天したのはアルやヤエも同じだ。
「おいおいおいおい、何事だよ!?」
「――っ! アル様!」
「ああ!? なんだよ……って、うぉ!?」
 褒美の定義について議論を求めるアルを、表情を変えたヤエが呼んだ。その呼びかけに眉を顰めた直後、プリシラが少女から唇を離す。
 ――その白い歯で、異形の触手に噛みついたまま。
「――――」
 そのまま一気に、プリシラが少女の体内から触手を外へと引きずり出す。全長一メートルほどの触手が暴れ、その鋭い先端をプリシラへ叩き付けようと――、
「おらぁっ!」
 それを、青龍刀を閃かせるアルが防ぐ。一撃、容易く木の根のような触手は断たれ、激しく地面の上で悶え苦しむ。まるで、陸に上がった魚が呼吸できずに跳ねるように、触手もまた必死に足掻いているように見えた。
「だが、貴様は生くるに値せぬ」
 言って、地面で悶える触手が紅の宝剣によって焼き尽くされる。ゾンビ化した村人と同様、触手は焼かれた途端に呆気なくその動きを止めた。
「これがゾンビの素か。寄生虫……寄生生物ってとこかよ」
 ゾッとしない気分で、アルが地面で灰になった触手に息を呑む。
 思い描くのは、首を断たれた男の断面で蠢いていた異物。ゾンビ化した男たちと同じものが、女子供の体内にも巣食っていたということになる。
 だが、少女はゾンビ化していない。その違いはどこにあるのか。
「体質か、血の問題でしょ~か。もっと単純に、女性や子どもの体は奪えない?」
「それでも巣食うのは陸に上がるため、か。――おぞましい」
 咳き込む少女を介抱するヤエに、プリシラが目を細めて吐き捨てる。それからプリシラは陽剣を逆手に握り、怯える女子供へと真紅の剣閃を浴びせた。
「――ぁ」
 瞬間、生存者たちはその場に崩れ――一斉に、地面に嘔吐し始める。その光景を目にして、唖然となるアルの前でプリシラは鼻を鳴らした。
 それから、彼女は自身の握る真紅の剣の刀身をそっと撫でると、
「妾の陽剣は斬りたいものを斬り、焼きたいものを焼く」
「……つまり、体の中の触手だけ斬って焼いた?」
「呑み込みが早いな。褒めて遣わす」
「一瞬、生き残りも全員ぶった斬ったのかと思ってヒヤッとしたぜ」
 とはいえ、プリシラの陽剣がなければ、それに近い対処が必要だったはずだ。最悪、生き残り全員からキスして寄生体を引きずり出さなくてはならなかった。
「にしても、ご褒美って姫さんとのキスのことかよ。オレも、足を舐めさせてやるとかじゃなくて、そういうのでいいんだぜ?」
「たわけ。妾の唇が至宝なのは事実じゃが、褒美は命の方に決まっておろうが。あれが命より情を優先した結果、今回のことが露見した。確かな働きである」
 アルの言葉に嘆息し、プリシラが少女の行動力を称える。
「女の子の恋心が悲劇を食い止める、か。出来すぎた話だったな。けど、何とかこれぐらいの被害で済んでマシだった……」
「――いいや、その安堵にはまだ早い」
 痛ましいカッフルトンの屍人被害、しかし、プリシラはその〆方に首を横に振った。その断定的な物言いに、村人の様子を確かめたヤエが振り返り、
「それは先ほど、奥様が御者に何かを命じて地竜を走らせたことと関係が?」
「無論よ。――竜車は屋敷の『真紅戦線』の下へ向かわせた。奴らには厳重装備の上、テンリル川流域にある、カッフルトン以外の三つの村を調べさせる」
 答えながら、プリシラが真紅の扇を広げ、それで村の傍を流れる川を指し示した。その動作の真意を悟り、アルやヤエは戦慄する。
「奥様は、川が感染源になっているとお考えなんですね」
「オレの浅い知識だと、ゾンビってのは噛まれた奴からうつってくのがお約束だぜ?」
「あれらに人を噛む習性はなかった。その上、営みに溶け込もうとしておったろう?」
「確かにな」
 そこが、アルの知るゾンビと、寄生された村人たちとの明確な違いだ。彼らは人を襲うのではなく、成り代わり、そのテリトリーを守ろうとしていた。
 まるで、奪うのは肉体ではなく、人生そのものだとでもいうように。
「だとしたら、寄生虫なんて可愛げのあるもんじゃねぇ」
「間違っても、川の水を飲むでないぞ。できれば触れるのもやめておけ。あの水を使った農作物も、焼き捨てておくのが確実じゃ」
「徹底してるな。それなら、水辺は虫にも気を付けた方がいいぜ。人間の血を吸う虫は水辺に多いしな。虫から病気が広がるってケースもよく聞く話だ」
「――いずれにせよ」
 低く、プリシラが紅の瞳を細め、そこで言葉を区切った。
 瞬間、アルの背筋を駆け上がったのは寒気――否、それに近いものだが、寒気ではなかった。冷たくはない。熱かった。灼熱が、その背筋を撫でていった。
 竜車の中でも嗅いだ、空気の焦げる匂いが鼻腔を掠める。それはプリシラ・バーリエルの纏った覇気が、狼藉を働いた相手への沙汰を決めた証。
 すなわち――、

「――誰であれ、この愚行の対価は支払わせる。その命でな」

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