12
眼前の屍人の首を刎ね、背後へ現れる敵の胴体へ振り返らずに剣を突き立てる。そのまま力ずくで剣を捻ると、腐った相手の胴体は容易く千切れ、死体が転がった。
「――――」
次、また次と斬り捨て続けてどれだけ経ったか、屋敷は死体で溢れ返っている。
元々死体が歩き回っていただけなのだから、不自然を自然が淘汰した結果であると言い張れないこともない。
どちらにせよ、死体は死体、これが自然な在り方だ。
こうなると、自分がいったい何をしているのかわからなくなってくるが。
「除霊ってわけでも鎮魂って話でもねぇ。運命の袋小路に入った奴らを根こそぎ刈り取ってくって作業だ。……それをオレがやるってのは皮肉が利きすぎてやがる」
あるいはそれさえも、プリシラにとっては掌の上の出来事なのか。全てを見通すような紅の瞳の持ち主、彼女の豊満な胸中はアルにも到底計り知れない。
ただ、自らの命運を自らの秤以外に載せないだろうプリシラが、この手詰まりの盤面を動かす駒として、アルを選んだ事実だけは動かしようがない。
たったそれだけのことで、こうまで死力を尽くしている自分の馬鹿さ加減も。
「さて、殺しも殺したり、百三十四体……ヤエの奴、目分量しやがって。百対一よりずっと多いじゃねぇかよ。けど、そろそろ……」
「――そろそろ、こちらの我慢も限界なのよん」
「――――」
腐汁で汚れた青龍刀をカーテンで拭い、振り返ったアルは通路の奥に巨大な影を見る。人間大とは言い難い巨躯、醜い顔貌、鼓膜に届く癪に障る声――、
「ここだけの話、『女傑』じゃなくて『汚物』って名前に改名した方がよくね?」
「やってくれたわねん、あーた。これだけ数を揃えるのにどれだけ苦労したと思っているのん? みんな、楽土のための貴重な労働力だったのにん」
「苦労も何も水飲ませただけじゃねぇか。給水所に突っ立ってただけのくせに、マラソンランナーと同じだけ苦労しましたみてぇな面してんじゃねぇよ、デブ」
楽土の建設だのなんだのと、屍人の親玉の言い分には興味もない。残念ながら、アルは悪役の口上を大人しく聞いてやるよう躾けられた覚えはなかった。
故に――、
「てめぇを殺して、姫さんを連れ帰る。そろそろ本気で、あの白くて長い足をペロペロしてやるぜ」
「俗物ねん、あーた。そんなあーたに、あたくしたちの使命は邪魔させないわん」
青龍刀を突き付け、卑猥な要望を語ったアルにエッダ・レイファストが凶笑する。
次の瞬間、エッダの鉄油色の肌が膨らみ、異様な凹凸がパツパツの服の下で暴れる。そのまま服が破け、嬉しくない肌が露出し――おぞましい、異形が姿を現した。
「――――」
それは、エッダが巨体の内に取り込んだ、複数の屍人の集合体だ。手や足が不自然に全身から突き出し、声なき声を上げる亡者の顔が腹や背中に付属する。
異常、異様の存在感に嫌悪を覚え、アルは兜の中で唇を曲げ、舌打ちした。
「グロい」
「あーたもあたくしの一部にして、あの女の鼻っ柱を折る材料にしてやるわん。そうしてあの女の地位と美貌で、地上に楽土が築かれるのよん――ッ!」
「――ッ!?」
勢いよく身を弾ませ、エッダの巨体が重量感を無視した跳躍でアルへと迫る。それを可能としたのは、取り込んだ死体の不自然な筋力の再利用か。全身からおびただしい量の腐汁をぶちまけて飛ぶ姿、まさしく最悪の敵だ。
地下で出くわした屍塊に、一個の自由意思がくっつけばこんな形になるのか。最悪と最悪を重ねて、醜悪そのものとなった化け物へ、アルは大きく後ろへ飛んだ。
そして、迫る敵ではなく、その向こうにいる囚われの姫の姿を描いた。
――ああ、まったく。何故、自分はこんなひどい目に遭わなくてはならないのか。それはきっと、出会ってしまったのが悪かったのだ。
だから――、
「死ぃぃぃぃねぇぇぇぇ――!!」
飛んで迫ってくる巨躯の屍が、汚い唾と腐臭をまき散らして無数の手を伸ばした。
それを目の当たりにしながら、アルは軽く肩をすくめ、
「――オレもお前も、星が悪かったのさ」
13
「遅かったな、アル。どれだけ妾を待たせる。不遜にも程があろうが」
「……それ、死闘を終えてようやく辿り着いた健気なオレにかける言葉?」
どろどろの格好で扉を開けたアルが、その優しくないお出迎えに肩を落とす。
そんなアルを見据え、優雅に足を組み替えるのは屋敷の最奥で囚われのお姫様をやっていたプリシラだ。ただし、彼女はそんな不安な立場の影響など微塵も感じさせず、普段の尊大さそのままの姿、まさしくプリシラ・バーリエルである。
「それに呆れるより安心すんだから、オレもつくづく馬鹿な男だぜ……」
「男が妾に跪くのは必定よ。情けなく思う必要はないぞ。むしろ、当然の理と知れ。それで、あの無礼千万な屍人の首魁は?」
「本気で万に一つの勝ち目ってぐらい苦戦したけど……ま、姫さんが自分でやりてぇかと思ってな。動けないようにして転がしてあるよ」
「ふむ、よいぞ。褒めて遣わす」
言いながら、ゆるりと席を立ったプリシラがアルの隣を堂々と抜ける。その颯爽としたプリシラの姿に首をひねり、アルは嘆息気味にその背中を追った。
そして、最奥の部屋を離れ、しばらく進んだ先で――、
「ぅ、あ、ぅ……」
「ふん。何とも、滑稽な姿に成り果てたものよな」
そう言ったプリシラの足下には、エッダ・レイファストだったものが転がっている。
その姿は無惨の一言――屍の寄せ集めだった肉体は元々見られたものではなかったが、体中の腐肉を削がれ、丁寧に手足を捥がれた姿は芋虫のそれに類似する。
彼女の太い指を芋虫と形容したが、本体がそうなるとは笑い話にもならない。
「貴様が醜く泣きじゃくり、命乞いする様を見物して溜飲を下げるつもりじゃったが……この哀れな有様ではそうもいくまいよ」
「あ、ーた……あれ、は、なん、なのん。あんな、何も、かもを……」
屍人となり、俗世の辛苦を自分から切り離した。そう豪語したエッダが嫌々と首を振って、自分の身に起きた出来事への恐怖に歯の根を震わせている。
それが、自分をこんな姿にした相手、アルへの言及だとわかっていながら、プリシラは何らそれに答えず、中空から美しい紅の宝剣を抜き放った。
一度仕舞ったときと変わらず、その刀身に赤々とした輝きは戻っていないが、
「日輪は陰ろうと、燻る炎熱は消えぬ。楽にはゆかぬが、妾は貴様を焼き尽くしてやるとそう言った。言葉は違えぬ。――貴様はここで、楽土を夢見て灰と化せ」
「どう、せ……あーたも、あたくし、と……」
何事か、負け惜しみを口にしようとした顔面に剣先が刺さった。強制的に沈黙を選ばされ、目を剥くエッダの顔が弱々しく赤熱し、次第に炎となって燃え上がる。
そのまま、エッダを始点とした炎は壁や床に燃え移り、屋敷そのものを焼き尽くす大火となるための薪を欲して燃え広がった。
「――姫さん、体は何ともねぇのか?」
そうして炎が広がるのを目にしながら、アルがプリシラの背中に問いかけた。
囚われの身の間、エッダたち屍人が彼女に何もしなかったとは考えにくい。見たところ体に危害を加えられた形跡はなく、態度も普段の彼女そのまま。
故に、プリシラにまで屍人と化す寄生体が入り込んだとは考えたくないが――、
「奴らに、何かされたんじゃねぇか? 例えば……」
「妾の完璧な体を『ぞんび』と変えるための無粋な手入れか?」
「――――」
振り返るプリシラの視線を受け、アルは思わず押し黙った。彼女の紅の瞳に怒りがあったならまだいい。だが、その双眸に宿るのは仔細の読めない凪の感情だ。
その無風の視線に戸惑うアルへ、プリシラはふっと唇を緩めた。
「案ずるな。仮に妾の内が異物に蝕まれていたとして、それを取り除く手段は貴様も知っていよう?」
「取り除く手段って……あ」
微笑むプリシラの発言に、アルはカッフルトン村での出来事を回想する。
寄生体に蝕まれた娘に口付けし、プリシラは強引に相手の体内から寄生した触手を引っ張り出した。あの方法なら、体内に根を張った寄生体を取り除くことができる。
ただし――、
「こ、ここにはヤエとかシュルトちゃんはいねぇぞ? 唯一、最後に残ってた同性も今しがた姫さんが焼いちまったし……」
「たわけ。焼け残っていたとして、誰が二つの意味で腐った唇に妾の唇を委ねるものか。いい加減に覚悟を決めよ。妾がどうなっても構わぬのか?」
「いや、それは……」
じろりとプリシラに睨まれて、アルは後ろへ後ずさる。が、離れた距離はプリシラの堂々たる歩幅に容易に詰められ、すぐにアルは壁に追い詰められた。
「ま、待て、姫さん! ほら、屋敷が燃えてるし、そんな場合じゃ……」
「健気にも、妾のために命を懸けた。その褒美を与える。――動くな」
ゆるゆると首を横に振るが、プリシラはそんな拒絶をものともしない。触れることもおぞましい汚物に塗れたアルに触れ、彼女の白い指が兜の淵にかかった。
そして――、
「――何度見ても、醜悪な目つきよな」
そんな一言に続いて、黒い兜が床の上に落ちる甲高い音が燃える屋敷に響いた。
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