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すぐにくじ引きでスタートする位置が決定し、オレたちはE12のエリアからスタートすることが決まった。C12には龍園のBクラス、G12には堀北のAクラス、I12には一之瀬のDクラスだ。
ベストな端のエリアを取れず真田が謝罪してきたが、これはどうにもならない問題なので気にするなと伝える。
そして次のステップに移るのか、段ボールの前に誘導されクラス別の物資に関する説明が始まった。
「ここにあるのはクラス毎に与えられる初期物資で中身は各クラス共通している。ここにある物に関しては全て持っていっても構わないし、不必要と判断すれば好きなだけ残しても構わない。ただし試験がスタートすると残された物資は基本回収されるので、後で追加することは出来ない。その点を踏まえ何が必要かは生徒同士で考え判断するように」
最大で3泊4日。何を持ち出すかはよく考えなければならないだろう。
ひとまず、中身が分からないことには話し合いも何もないので、段ボールの中を直接目を通して確認することに。何よりも真っ先に目に飛び込んできたのは悪材料となる現実。誰の目にも大きく不足しているとしか思えない僅かばかりの食料だった。
「こりゃまた随分と少ないな……1日分もないんじゃないか?」
用意されていた食料はブロック栄養食とミネラルウォーターのみ。数えてみたところクラスの人数分×2ずつしかなく、それ以外に口にできそうなものは一切ない。
この後すぐにやってくる昼食で底をつくほどの量しか用意されていないようだ。
「飯が欲しけりゃイベントの物資から意地でも確保しろってことか……やってくれるぜ」
食べる物を確保するためにはイベント物資が必須となれば、嫌でもイベントに参加する必要性が生まれる。当然、他クラスとマッチアップするリスクが跳ね上がる。
イベントは無視しても構わないが、基本的に最初に支給する物資だけでは必ず不足するようになっているのだろう。交戦を誘発するには、確かにこれくらいの強引な措置は必要かも知れないな。
「ルールから見るに、逃げ回り続けることが出来るならひとまずの負けはありませんからね。ペイント弾は戦わない限り消耗しませんが、食べ物の問題はどうしても避けて通れませんし」
白石がブロック栄養食の箱を1つ手に取り、そう口にした。
紛れもない事実で、食料の確保に失敗したクラスから取れる戦略の幅が狭まり、焦り、そして無茶な交戦を挑み脱落していく。
リスクをとって物資を回収するか、リスクを避けて物資を我慢するか。
あるいはその間を取ったバランス戦略か。
早くもクラス内では議論が過熱、意見が分かれ始めている。
「やっぱり近場でイベントを狙うのは危険だと思う。下手に戦ってアウトになるリスクを背負うくらいなら、いっそ開始直後からAクラスを避けて山越えするのはどうだ? そうすれば北東エリアのイベントを俺たちで独占しやすい。他クラスだってわざわざ足を運んで戦おうとはしないだろ?」
少量の食料物資を見つめながら、話を聞いていた杉尾がそう提案した。
しかしすぐに島崎から反対の意見が噴出する。
「反対だ。他のクラスも似たようなことを考えるかも知れない。それに、無理して山越えしたところで必ずしもイベントが北東に発生するとも限らないんじゃないか?」
満遍なく配置されるだろうと考えているのは生徒たちだけで、実際にどんな配置になるかは始まってみるまで分からない。
「それなら1回目のイベントが始まるまではスタート地点から遠くには行かない方がいいと俺は思う」
最初に出た杉尾の案なら戦闘は避けられるかも知れないが、多くのリスクも伴う。山越えをする体力の消耗に加えイベント出現の不確かさ。そしてライバルの動向。どれも軽視は出来ない。今の段階で確実な正解を導き出すことは、オレにも不可能だ。
この無人島、スタート地点から最短かつ安全に北上するにはG8の狭い川沿いのエリアを通らなければならない。一番近いスタートを切れるAクラスが我先にと向かう中追いかければ戦いに突入───ということも考えられるだろう。
「動かない、ね。それを否定するつもりはないけどよ、だったら開幕から撃ち合いする覚悟を決めるってことだよな? それで万が一にもVIPが3人やられたら───」
3泊どころか試験開始から1時間以内に勝負が決することもある。
そんな最悪のビジョンを杉尾が想像し、口にする。
「オーケーオーケー。杉尾の言いたいことも分かるが、とりあえずその議論の前に他の物資も見ようぜ。その間にウチのリーダーが良いアイデアを捻り出してくれるさ」
橋本が両者の視線の間に割り込み、そう促す。
意見を出すまでなら誰でもできる。
しかしその意見を押し通せば、自然とついて回るのが責任だ。
杉尾にしろ島崎にしろ、それを背負うだけの覚悟は簡単には持ち得ないだろう。
「……そうだな」
なので一度、議論を中断しリーダーへと判断を委ねる。
保留となった戦略の道筋だが、ピリッとした空気がなくなったわけじゃない。
戦闘、移動が多々求められるこの試験、クラスの大半が敏感になるのは仕方がない。
得意分野が学力に偏っているCクラスのメンバーだからこそ、誤った選択は絶対に避けたいと、そう無意識に強く抱いている証拠だ。
開幕の動き、そして食料問題を一度棚に上げて次の段ボールを確認すると、そこからは紙の地図やボールペン、歯ブラシや生理用品などの小物が出てきた。補足する真嶋先生の言葉によると、投棄しない、回収することを条件にこれらは試験期間内で無制限に持ち出し可能なもののようだった。嵩張るものではないし、ある程度予備も含め多めに持っておく方が何かと便利で役に立つだろう。
次に大きな段ボールの方を開封する。すると就寝のために必要、便利なテントがサイズ別に多数用意されているようで姿を見せた。
「テントか。何をどれくらい持っていくかすぐ考えないとな。綾小路にどこまで考える負担を強いるかだが───」
伺いを立てるように橋本がこちらを見てくる。それに合わせオレは一度頷いた。
「必要な物資が何で、どれだけ運ぶかの目安はオレが出す。異論があれば、そのタイミングで理由を添えて聞かせてくれ」
まずは形を作り、必要に応じてクラスメイトの意見を取り入れる。
これが時間を無駄にしない最適なやり方だろう。
テントでの生活、快適に眠るなら1人で1つのテントを使うことが理想だ。しかし全員で自分のためだけのテントを持ち運ぶのはかさばり労力となる上、機動力も落ちる。それなら最初から数を絞って2人用のテント、多人数用のテントを中心に検討すべきだ。これなら疲れた時などに交替もし易い。
それよりも大切なのは合計で何人分を用意するかだ。時間が経てば必ずリタイアする者たちが出てくる。つまり中盤、下手をすれば序盤から多人数テントが不要になり、1人用2人用の小型テントの方が利便性が増す逆転現象が起こることになる。小さなテントはワンタッチで組み上がる仕組みであるため、準備や撤収もしやすい。
持っていくテントのバランスを頭で考えながら、残った最後の段ボール群に目をやる。
そこにあったのは肝心要の、戦うための武器。
「近くで見ると本物みたいだな。こういうのは初めて触るぜ」
橋本が早速とばかりに手を伸ばして、アサルトライフルを1丁手に取った。数を数えてみると、メイン武器としてアサルトライフルが20丁、サブマシンガンが10丁、ショットガンが10丁の計40丁も用意されているようだ。それからサブ武器としてのハンドガンが2丁。戦いの主力となるメイン武器は護衛1人につき1つ所持できるので、全員持つことが叶う。
「しっかしショットガンは使いにくそうだな。重たいし」
一通り3種類のメイン武器を手に取ってみて、軽くチェックをする。実際に使ってみないと本当の評価は分からないが、最初に用意されている数からも分かるようにアサルトライフルが一番使いやすくバランスが良い武器に思える。なので護衛に足りない分だけ、サブマシンガンとショットガンを選ぶ形になるだろうか。
「最初、分析官を0人にすれば2丁多く持っていけそうですがどうしますか?」
武器の数を見て確かめてから、森下が近づいてきてそう聞いてくる。
「ペイント弾の数が若干多く貰えるのは確かに利点だが、すぐに分析官は必要になる。その時の銃の持ち運びと管理の手間を考えると得かどうかは難しいところだな」
武器は日用品と同じでその場に投棄できるわけじゃないことは確実で、持ち運び、持ち帰りは必須。護衛が2丁同時に武器を使用できるならまだ変則的な使い方もあるが、それもルール違反で不可能であるため、余剰分でどうしても誰かの手が塞がるということ。
分析官や偵察官がアウトになる度、護衛から新しく任命するため荷物は増え続ける。
「荷物は増やさない方針で行く」
「余剰に持っていかないつもりなんですね。こういう時、人の心理としては手元に少しでも保険を用意したいと考えるもの、つい欲張りたくなるものですが」
武器が壊れたらどうしよう。弾が足りなくなったらどうしよう。
だから少しでも多くの武器と弾を持っていく。
全員がアウトにならず戦い続けられるのなら予備の武器や弾があるのは心強いだろう。
そのため保険をかけたくなる心理が働くのは当然だ。
「欲しいものが出来ればイベントで入手すればいい。そのためのルールだ」
しかし無傷で試験を進行することは理論上難しく、使いきれないままアウトになるケースは間違いなく出てくる。特にこのクラスには攻撃面で期待できる生徒が少なく、余剰の武器や弾があったところで当たらなければ意味はない。それに余剰となると候補になるのは軽量なサブマシンガンだが、弾は1丁につき予備と合わせても60発だけ。しかもアサルトライフルとはマガジンの規格が違うため入れ替える際には弾をいちいち取り出さなければならず手間でもある。
武器が不足すればアウトになった生徒から回収したり、予め予備のマガジンを特定のリュックにストックして持たせておくなど、残しておく手段が他にあることも、そう結論付けた一因だ。
「まあ一任しますよ。責任は綾小路清隆に押し付けておきたいですし」
「それがいい」
オレはクラスの意向も確認した後、必要なものを真嶋先生に申告して物資を受け取る。
力と体力のある男子が重たい水などを担当し、運動が苦手な者や女子には自身の下着類やアメニティ類など、負担が少なく済むように最小限の持ち物だけを持たせる。
「試験が始まる前に話しておきたいことがある、聞いてくれ」
不足しているものが無いか物資の最終確認をしているクラスメイトたちにそう声をかけて、一度こちらを振り向かせた。
「この特別試験で、最初に全滅してしまった際のケースについて伝えておきたい」
「始まる前に負けた時の話をしておくってことか? 何故」
やや険しい表情を見せた的場が、嫌な予感でもしたのかそう問いかけてくる。
あるいは先に敗北時の言い訳を述べると受け止めたのかも知れない。
「その時には避けられないペナルティがある。やむを得ず退学者を出さなければならないからな。揉めないように最初に退学になる者を確定、決めておきたい」
その発言と共に、クラスメイトたちからピリッとした空気が溢れ出す。
「確かに、自分が退学するかも知れないって考えながら試験はやりたくないが……」
「綾小路くん、その判断は正しいと言えるのかな」
話の内容を理解した真田も、的場に合わせるようにそう口を開く。
「ウチのクラスにはプロテクトポイントを持ってる生徒はいない。つまり、全滅ペナルティを受けたが最後必ず誰かが退学になる。そいつにとっちゃ地獄の話にしかならないぜ」
的場や真田が言ったように、負ければ自分が退学するという確定した状況を素直に受け入れる生徒はまずいないだろう。
「つか、リーダーだからっておまえが決めるつもりか? 誰がここから退学するかを」
誰一人、進んで退学したい生徒などここにはいない。
まして新参者のオレにタクトを振られるとなれば、拒否反応は強く出る。
「試験の戦犯も含め負けた時に決めるでいいんじゃねえの? それか、負けた時は一蓮托生ってことでくじで決めるか。それくらいしか方法はないだろ」
周囲は明らかに、この時点で決めることに反対のようだが、こちらにも考えはある。
「橋本正義、どうやら綾小路清隆の方針は既に決まっているようです。私は彼から説明を受けるまでもなくどう決断したのか分かりますよ」
「本当かよ」
疑う橋本に対し、森下は自信満々に頷いてみせる。
「ペナルティを受けることになれば、その時はまず橋本正義が犠牲になってクラスメイトを守る。これが一番公平かつバランスの取れた結論でしょう」
「なるほどな、それなら納得───するわけないだろ……! ったく勘弁してくれよ。一瞬でも真面目に聞こうと思った俺がバカだったぜ」
「そうですか? 私はガチのマジで本気で言っていますが? 少なくとも橋本正義以外はこの提案、喜んで納得してくれるとは思いませんか」
「そりゃ自分が安全ならそうだろうよ」
「ほら、皆救われる。不幸な犠牲者はいないということです」
「じゃあ俺を犠牲にするのは良いのかよ」
「それは仕方ありません。あなたはクラスメイトを守り、星になるんです。英雄です。さようなら橋本正義。あなたの存在を1週間は覚えておいてあげますから」
「たった1週間か、いや1年だとしても絶対に納得はしないけどな。つかおまえ、俺の名前を無理やり出してあわよくばマジで人柱にする気だろ」
こんな場面で退学者候補の名前にあがることを誰も歓迎しない。
クラスでも嫌われ体質な人間にどうしても、その矛先が向きがちだからな。
「チッ気付きましたか」
「リアルな舌打ちしやがって……油断も隙もねえな」
少しだけ森下にメンチを切った後、橋本は若干の不安を抱えオレを見た。
「橋本が立候補してくれるならそれでもいいが、生憎と誰が退学するかはもう決めてあるし反対意見が出たとしても変えるつもりはない」
「待てよ。さっきも言ったがリーダーだからって何でも決められるわけじゃ───」
的場が食いつこうとしたところを、オレは手で制する。
「もしペナルティを受けてしまう状況になった時は、オレがその役目を引き受ける」
そう答えると、騒がしかったクラスメイトたちが一瞬にして静まり返る。
黙って腕を組み話を聞いていた真嶋先生も、無意識にか腕を下ろす。
「……マジで言ってんのか? おまえはリーダーだろ」
「リーダーだからこそ敗北の責任を持つ。と言えば格好がいいが、理由は違う。良くも悪くもオレは外様。まだこのクラスに入って日も浅い。クラスを勝たせるために入ってきたオレが試験で敗北という結果を引き出してしまったなら、その責任を負うのが道理であり筋だ」
「いやけどよ、お前1人で完全に勝敗を支配できる試験ってわけでもないだろ。お世辞にも俺たちのクラスが得意な分野じゃないんだぜ? そもそも、おまえが抜けたらこのクラスの行く末はどうなるんだよ」
「どちらにしても、手も足も出ず無残に負けるようなリーダーなら信用は出来ないだろ」
「……なるほど……ま、そういう見方は確かに出来るけどな……」
今、下位に沈むこのクラスに求められているのは勝てる根拠。その1点だ。
「リーダーとして一定の責任を負う姿勢は評価しなくもないです。退学者を出す必要に迫られたなら綾小路清隆が消える。今はこれでいいんじゃないですか? 何より私たちはひとまず、目先の安全を保障してもらえるわけですし」
ここはドライに、というよりクラスメイトの精神的負担を考えて、いったんそうしておいた方が良いと森下が言う。
「しかし本当にそうなった時は、自己犠牲で自ら退学を申し出ることですね橋本正義」
「どうしても俺を犠牲にしたくてたまらないようだな」
しかし最初に名指しされた時と違い、強い反論は出てこない。
いちいち森下に反論しても無駄だという側面が大きいが、理由はもう1つあるだろう。
もしもオレがクラスから消えることになれば、それは橋本自身が消えることとほぼ同義だからだ。他クラスへの切符も放棄した今、それ以外にAクラスで卒業する手立ては無いに等しい。もちろん実際にそうなったとしても、無条件で受け入れたりはしないし納得のいくものではないだろうがAクラスに行けないという諦めはつくかも知れない。
ここはオレの実力を信じ、一旦は飲み込むしかないだろう。
代替案の生徒を出せない以上は他に選択肢などない。
「真嶋先生。この決定を周囲に話すことに問題はありませんよね?」
「もちろんだ。負けた時に誰が退学するか、という部分は真実でも嘘でも、周囲に吹聴すること自体には問題はない」
「では1つお願いをしても構いませんか」
「なんだ」
「今言ったようにクラスで退学者が出ることになった場合、その枠はオレであることを確定させてもらいたいんです。後で撤回する、というようなことを防ぐためにです。予め告知し定めておくことは試験のルールに無関係ですよね?」
「……それは本気で言っているのか?」
「もちろんです。クラスメイトの不安を取り除くためだけに発していい言葉じゃない」
これが確約になっていなければ、負けた時にやっぱり退学しない、という抵抗が許されてしまう。バッシングを浴びながらも、別の誰かに擦り付けることが出来てしまう。
「悪いがルール上今の段階で確定はさせられない。だがその考えは覚えておこう」
「ありがとうございます」
戸惑いを隠せない真嶋先生だが、退学候補を他に出すことなど教師に出来るはずもないので、個人の意見をひとまず尊重せざるを得ない。
- よう実
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