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「では、説明が長くなったがいよいよこれで最後だ。今から生徒のみで話し合いを行い、各役職を誰が務めるか考えてもらう。30分内に決めることが出来なかった場合は、学校側がランダムに選定することになるので気を付けるように」
ここで真嶋先生は、オレたちから少し距離を置いた。
教師が関与する時間は終わり、生徒たちに判断が委ねられたということ。
「司令官にVIP、そんでもって他3つの役職か。ここが最初の大きな分岐点だな」
重要な役職の割り当てをミスした場合、それは勝率に間違いなく影響を与える。
極端に分かりやすい例で言えば、堀北クラスの池や本堂、龍園クラスの石崎や近藤たちのような生徒に司令官の役職を与えてしまうだけで、そのクラスが勝てる確率は大幅に低下してしまう。一方で石崎は身体能力も比較的高く体力もあるため、護衛にすれば戦力として十分に期待できる。
オレが口を開く前、スッと森下が一歩前に出てくる。
「司令官は極めて重要なポジションと言えるでしょう。全体を見渡し他クラスの動向を看破、何より戦術の使用タイミングを見定めなければなりませんからね。となればクラスの都合37人から自由に選べる最初に確定させるべきです」
「当たり前のことを偉そうに言うよな、あいつ」
ボソッとオレにだけ聞こえるように橋本が呟く中で、田宮も同調したように声を張る。
「私も森下さんに同意見かな。司令官の指示が無いと厳しい戦いになるだろうしね。シンプルに綾小路くんが良いんじゃない? リーダーなんだし」
「いや待てよ。確かに綾小路が司令官になりゃ確実に成果を出してくれるのは間違いないと思うぜ。けど俺は猛反対だ、現地で指揮を執らせた方がいい。役職は護衛がベストだ」
「護衛? 他の役職ならまだしも、よりによってどうして護衛なんだ」
「んなの理由は1つに決まってるだろ。俺が綾小路を特別な戦力としてみてるからさ。言葉悪く言や護衛は捨て駒だが、その護衛が唯一攻撃手段を与えられてる。こっちは俺と鬼頭を除けばこの手の戦いに強い生徒は多いとはけして言えないからな。だから綾小路には前線で戦ってもらった方が絶対にいい。それに司令官と直接やり取りが出来ないだけで、クラスをまとめることには支障もないだろ?」
やや熱を帯びた、橋本からの強い訴えにクラスメイトも少し驚く。
VIPは勝敗を決める重要なポジションだが、それは倒されないことが命題。倒されないために護衛に力を割きたいと考える橋本の案に間違ったところはない。
そして司令官と直接やり取りできないとしても、VIPを介すれば二度手間ではあるが司令官とのコンタクトも可能。司令官に戦術を発動させることだって出来る。そのため話し合いの前から、オレの中でVIP、分析官、偵察官を引き受ける可能性は真っ先に除外していた。だが司令官か護衛か、という部分は検討の余地がある。
たった1人、クラス内で全生徒のGPSを把握することが可能である事実は、純粋に勝率に直結するポジションで非常に魅力的であるからだ。
オレ自身、この広い無人島の中で他クラスの誰がどのように、何を狙って動くのかを知る術を持たず、成り行きに身を任せるしかない。それだけに軽視できないポジションだ。
しかし、司令官の実力だけで100%勝敗をコントロールできるわけでもない。
「第一、綾小路だって他人に自分の命運を預けたくはないだろ」
タブレットと無線を介して指示を与える役回りも悪いものじゃないと考えるが、この特別試験は身体能力を生かせる生徒は1人でも多くVIP、護衛になるべきというのは揺るぎない事実。
「役職をどうするか、もう考え始めてるんだろ? 浮かんだ案を聞かせてくれよ」
5種類の役職。オレがどこを務めるかミスの許されない選択になる。
特に本部に残る司令官は非常に重要なポジションと言えるだろう。全生徒の現在地をGPSで確認できて、更に状況をひっくり返せるような権限、戦術も使える。俯瞰で戦局を見ることを許された唯一の役職だけに下手な生徒には任せられない。
であるなら、オレがその役職を務めることも十分選択肢として考慮に値する。
しかし、お世辞にもCクラスは身体能力の優れた生徒が多いとは言えず、鬼頭や橋本のように動ける生徒も存在するが、主力を除けば平均かそれ以下の生徒の方が割合が多い。どれだけ司令官が的確な指示を出そうと実行できなければ意味がない。
一方で攻撃手段を持つ護衛の役職につけば個人の実力を如何なく発揮できる。司令官の情報や戦術に頼らずともスキルがあれば乗り切ることが不可能ではないからだ。
「希望としては護衛をと考えている」
「っしゃ、それが正解だぜ」
「ただ司令官を任せられる適任者がいる場合に限ってだ」
司令官を誰にするか。パッと浮かんだある人物。
それは森下だ。司令官には単なる優等生ではなく、他者とは違った着眼点を持つ生徒を起用したい。そのため森下を能力としては買いたいところ。
買いたいところだが……変人であることは大いに不安要素で、VIPを介する伝言ゲームとなると望まない混乱を招きやすい。
それを含めても検討の余地はあるのだが、何よりも本人に意思があるのかも大切だ。
チラリと森下の方を見ると、カッと目を見開きオレと視線を合わせてくる。
「司令官を引き受けてくれというお話なら、丁重にお断りします」
ビッと手のひらをパーにして、拒否を突きつけた。
「まだ何も言ってない」
「目が物語っていましたよ」
「まあ検討していたことは事実だが。一応断る理由を聞こうか」
「理由? 私が護衛として参加するからです。無人島を見ると昔の血がどうしても騒ぎだすんですよ。そう、あれはかつて、周囲から密林の女戦士と呼ばれ恐れられていた───。いえ、これは古い話です忘れてください。多く語る程のものではありませんよ」
多くは語りませんと言ったが、割と語っているしどの観点から見ても100%嘘なので迷わず忘れることにしよう。
しかしこうなると森下以外にオレが望む実力を発揮できそうなクラスメイトは浮かび上がらない。残念ながら該当者はいないということになるが……。
それなら消去法でクラス全員に顔も利く真田辺りを───。
「綾小路。もし誰を司令官にするかで迷っているのなら俺に任せてもらえないか」
僅かな沈黙の間に割り込むように近づいてきたのは、島崎だった。
「どれだけ期待に応えられるかは分からないが無難には役目をこなせると思う」
立候補するだけあって、島崎の頭脳そのものには不満はない。
ただ、良くも悪くも島崎はオーソドックスな優等生。融通や機転がどこまで利くかは怪しいところもある。しかしこの立候補を蹴ってまで推薦したい司令官もいない以上、ただ断るだけでは今後の島崎との関係に影を落とす可能性もある。
「任せてもいいのか?」
「ああ。元々無人島を動き回るようなことは好きじゃないってのもあるしな。こっちとしては考えることに集中させてくれる方が戦力になれると判断した」
嫌でもプレッシャーのかかる司令官に対し、前向きな姿勢を見せてくれただけでもその資格はあると判断して良さそうだ。
「分かった。それなら島崎に司令官を任せることにする。ただ、過度に気負いすぎる必要はない。司令官はやれることも限られているし、試験の勝敗に関する結果、その全責任は一任したオレにある」
こちらがそう伝えると、強く引き締まっていた島崎の表情が若干緩んだ。
その後VIPには自ら立候補してきた竹本、白石、西川の3名を任命する。
次いで分析官には真田と中島を任命し、偵察官を塚地に。
残りは当然、全てが護衛としての役職になり決め終わった。
「どうやら全ての役職が決まったようだな。では早速必要な物資を持ちスタート地点に向かってもらおう。司令官となる生徒はこの後本部に移動するため残っておくように」
真嶋先生が、生徒たちについてくるように指示を出す。
ここで島崎とは別れ、試験終了まで一切の直接接触が出来なくなるため、オレは足早に近づき声をかける。
「出発前に伝えておきたいことがある」
「何だ」
「どんなに些細な変化でもいい、奇妙に感じたことや不思議に思ったことは迷わず伝えてもらいたい」
「重要な役割を任されているんだ、言われるまでもない」
「そうじゃない。司令官という立場を気負えば気負うほど、案外足元は見えなくなるものだ。他クラスの司令官が笑った、怒った。伝えるレベルじゃない違和感程度のGPSの変化。島崎個人として気になったことも報告してくれ」
「それは……雑多な情報を受けて指揮系統が混乱しないか?」
「そうだな、だから誰でもいいわけじゃない。1人だけに絞ろう」
「誰に報告すればいい?」
「誰でも構わないが、そうだな。とりあえず白石にしておこうか。島崎としてもその方がやりやすいだろうしな」
吉田と同様、島崎が白石に好意を向けているのは先のやり取りから分かっている。
なら少しでも接点を増やしてやれば歓迎すべきものになるはずだ。
オレとしても竹本と西川、そして白石。全員を詳しく知っているわけではないが、3人の中で一番解像度の高いであろうと判断した人物でもある。
「いやいや……逆にやり辛いんだが……吉田に怒られるぞ」
「別に吉田だけに肩入れする必要もない。オレにとっては、どちらも大切な友人だ」
「よくそんなことを平然と言えるな……ただ、しかし白石はやはり……」
「そうなのか? なら竹本でも西川でも───男子の竹本が一番手堅いか」
仲が良い分、西川から白石へ下手なやり取りは右から左へ伝わるかも知れないしな。
「いや、やっぱり……そうだな、白石でいい。ちゃんとやるから心配しないでくれ」

- よう実
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NEWようこそ実力至上主義の教室へ 3年生編 33年生、最後の夏、今年の無人島試験はペイント銃を用いたクラス対抗のサバイバルゲーム。15×15マスに分けられたエリアを移動、出現する食料や銃弾を取得しながら、他クラスの生徒を倒し競い合う。最初に全滅したクラスは退学者選定のぺナルティが発生するため、攻守の戦略が重要となる。司令官の役職の生徒は5分毎にクラス別の色で表示された全生徒のGPSが確認できるため集団での行動が必須。
「頭はこっちが押さえてるが……どう動く、綾小路」「そうね……一歩リードしたはずなのに、それでもやっぱり怖いわね」「綾小路くんは負けない。ううん、私が負けさせない」
3泊4日の無人島特別試験、その決着は――!?発売日: 2025/11/25MF文庫J