〈第三章〉
女の子の可愛さを表す指標として、「学年一の美少女」なんて言葉がある。当然その言葉の価値は学校によって変化するわけだが、彩淵学園における「学年一の美少女」は相当な褒め言葉だと言えよう。なんたって彩淵学園の女の子は、総じてレベルが高い。廊下を歩けばそれだけで、モデル級がチラホラと目につくほどである。
さてそんな彩淵学園において、「学年一の美少女」とは一体誰なのか……という話だけれど、ぶっちゃけ議論の余地はあまりない。なぜならほとんどの生徒が各学年より、同じ一人の名前を挙げるからだ。
三年生部門……緋菊七姫。
二年生部門……黒宮白乃。
そしてつい先日、入学してきたばかりの一年生部門は――
「――レイニって名前の女、知っとるか? これがむっちゃ可愛いらしいで」
蓮司は白い歯を見せるように口角を上げて、僕にそんな話題を振ってきた。女の子の話をするときの蓮司は、いつも楽しそうである。どうせ彼女なんてできないのにね。
「噂だけは知ってるよ。会ったことはない」
僕は欠伸をしながら言葉を返す。
曰くどのクラスに所属しているかすらも分からない、謎の多い美少女。髪は淡く青みがかった色をしていて、まるで雨上がりの空のようだとかなんだとか。緋菊先輩と黒宮先輩を綺麗系の最上位だとすれば、レイニは可愛い系の最上位だと同級生たちは語る。
「一体何者なんやろなぁ。もしかして俺らと同じクラスやったりすんのか?」
「どうだろうね。所属クラスが分からないのは、この高校だからこそって感じだけど」
彩淵学園はかなり特殊な授業形式を取っており、クラスメイト全員が集まる機会がほとんどないのだ。まるで大学で用いられるシステムのように、各々が受けたい授業を選択し、好きな順番で受講していくスタイル。つまり「今日は数学の気分だなー」なんて日には、一限から七限までの全てを数学で埋めることも可能だったりもする訳だ。
よって一緒に授業を受けるメンバーも毎度変わるため、「所属クラス不明」なんていう異常な現象が起こり得る。
「ねぇ蓮司、そういえば僕らまだ一回も国語の授業受けてないじゃん。ちゃんとバランス取らないと不味くない?」
「まだ授業始まって三日目や。焦らんでええやろ」
「そうなんだけどさ。ちゃんと気にしとかないと、月末が国語だらけになっちゃいそうで怖い」
「……あんな、晴斗。授業の話なんざどうでもええんや。俺はレイニちゃんの話をしてんねん」
「あー、うん。ごめんごめん」
「なんやその興味なさげな反応は。いつもの俺らなら、ここは美少女探しの大冒険に出発するとこやろがい……っ」
確かに中学生の頃は、そんなアホなこともしてたなぁと思い出す。地元で伝説の美少女を一目見るべく、授業から抜け出して他校まで走った記憶は今も新しい。しかし今の僕は、緋菊先輩に恋する愛の奴隷。他の女の話など心底どうでも良かった。
だがそれはそれとして、レイニなる人物が学園中で話題になっているのは事実らしい。耳を澄ますと、そこら中からレイニなる名前が聞こえてくる。
『ねぇねぇ、レイニちゃんって子知ってる?』
『皆も気をつけろよ。俺は天使と見間違えた』
『神の貧乳を持つ少女だと聞いたぞ』
『私もチラッと見たけど、マジで可愛かった!』
誰も彼もが褒め称え、嫉妬の言葉すら聞こえない。相当な評判と捉えて良さそうだ。
「……ここまで噂になるレベルの容姿やったら、中学から有名でもおかしくないんやけどな。急にどっから現れたんや? まぁここ進学校やし、地元ちゃうって連中の方が多いか……」
蓮司は一人考え込む。周りを見ると、レイニについて考察する生徒は他にもいた。
謎多き美少女の正体は一体? 入学式の日はどこにいたんだ? 親しい友人はいるのか? どこへ行けば会える?
教室中のあちらこちらで、そんな疑問が飛び交っているが――
「あはは。ホントに何者なんだろうね」
――結論。レイニの正体は僕である。
☆
フルダイブ型VRとは、仮想現実空間において「自分の身体を扱うようにアバターを操作できる」という技術の呼称である。感覚的には「作った身体」に「自分の精神」を憑依させる、なんて表現が正しいだろうか。剣を振るにも銃を撃つにも現実のそれと同じ体験ができるため、VR空間を利用したゲームは大いに人気を得た。
さてこの「作った身体」についてだが、実は「ある程度リアルの肉体に似せなくてはならない」という制限がある。理由は肉体とアバターに大きな差があると、操作に違和感が生じてしまうからだ。身長を伸ばしすぎても、筋肉を増やしすぎてもダメ。一線を越えた差異が生まれると、途端にアバター操作が不可能になる。
また顔についてはそれ以上に制限が厳しく、リアルから少し離れるだけでアウト。笑うたびに変顔を晒したくなければ、極端な美麗フェイスは避けるべきだろう。
「――と、この辺りの特徴は《イーテル》でホログラムの身体を用意する場合も同じみたいだね。だから女の子のアバターを作るにせよ、僕の顔をベースにする必要があるのは分かっていたんだけど……」
驚いたのは、実際に女性アバターを作ったあとである。
「……まさか、こんなに可愛くなるとは思わなかった」
誰だこの美少女は。と、素で驚いたのは必然である。
システムの制限上、男から女になるにしたって顔の造形はそこまで大きく変えられない。だから軽いメイク程度にしか顔は弄っていないのだが、どういう訳かとてつもない美少女が完成した。昔から女顔と言われる機会は多かったけれど、どうやら僕には女装の才能があったようだ。男としての容姿は下の下なのに、女としての容姿が上の上とは我ながら奇妙な顔面である。
「それにしても動きにくいなぁ、この身体」
僕は自分の部屋で一人、レイニの身体の操作感を試す。目の前のベッドには僕の本物の肉体が眠っているので、ぶつからないよう少し離れたところで、飛んだり跳ねたりを繰り返した。
「やっぱり性別を変えるってキツいのか。VRでもやってる人見たことないし」
身長マイナス7センチ。体重はマイナス14キロ。操作制限の範囲内なのでそれ自体は問題無いが、性別を変えた影響が如実に現れており、まるで着ぐるみを着込んでるような不自由さを感じた。
ちなみに胸については微妙な膨らみをつけた程度だ。本当は爆乳にしてやろうかとも思ったのだが、どうやらその辺りにも制限はあるらしい。
ともあれ僕は男にしては小柄なので、その点だけは幸運だった。
「慣れていくしかないな。頑張ろう」
グッと拳を握り、気合を入れる。
そして部屋から外に出て、学園へ向かった。
僕が借りているのは、彩淵学園の校門の真向かいにあるボロアパート。学園まで徒歩二十秒が最大の魅力である。逆に言えば、それ以外に魅力など一切存在しない訳で……ああ、なんて綺麗な田園風景だろう。不便だ。
――キーンコーンカーンコーン。
どうやらちょうど四限の授業が終わったようで、昼休み開始のチャイムが聞こえてきた。入学式の日に聞いた不気味なチャイムとは違い、聞き慣れた音程である。
「好きなタイミングで休めるってのは良い校則だね。とはいえ計画的に授業を受けないと、月末に地獄を見るから気をつけなきゃだけど」
彩淵学園は月曜から土曜まで開かれており、日に七つまでの授業を進められる。そして今月は学園側からの指示として、全科目合わせて85回分の授業を受ける必要があった。
85を7で割ると約12。つまり本気で頑張れば第一週二週の12日間でほぼ全ての授業を終わらせて、月の後半は遊びまくるなんてことも可能なのだ。
「……そういえば緋菊先輩って、どういう風に授業進めてるんだろう。どうにか休みの日を合わせたいな」
どうやらこの彩淵学園では、授業進度の調整から恋の勝負は始まるらしい。
☆
僕はレイニの姿で校舎の三階を歩き回り、緋菊先輩を探していた。三階では三年生向けの授業が行われるため、遭遇の可能性が一番高いのだ。
とりあえず今日の目標は、レイニとして緋菊先輩と顔見知りになること。今後の関係発展を目指す上で、名前すら認識されていないのでは話にならない――
「――んだけど、緋菊先輩どこにも居ないな。もしかして今日は休み?」
探しても探しても見つからない。生徒会室にも居ない。彩淵学園は日によって校舎の構造すら変わる為、利用された教室全てを回ったという確信はないが、ともあれ先輩らしき姿はどこにもなかった。
ちなみに僕自身(晴斗)による紹介で緋菊先輩と関係を作るという作戦も考えたが、怪しまれないようレイニと晴斗の繋がりはできる限り隠しておきたいので、一旦止めておくことにした。
「……うーむ」
それにしても、である。
周りの視線が尋常でなく鬱陶しい。男も女も、隙あらば僕に視線を送ってくるのだ。理由は間違いなくレイニの可愛すぎる容姿だが、とはいえここまで注目を集めるのは予想外。
「仕方ない、別の場所を探すか」
僕は階段を降り、一階の食堂へと向かうことにした。
食堂に近づくにつれ、どんどん人の密度が増していく。この調子だと食堂の中は人で溢れ返っているのだろう。しかし食堂もまたホログラムで作られた空間であり、無限に拡張できるため、席が足りなくなったりはしないらしい。
――ドンっ!
突如、衝撃。
一体何が起きた? と僕は焦る。だがその実態はなんてことはなく、ただ人とぶつかっただけだった。ここまで簡単に吹き飛ばされたのは、小学生のとき以来だろうか。体格が変わると、日常生活で発生するイベントの印象も大きく変わるらしい。
僕は、僕とぶつかった相手を見上げる。
「おっと、すまな……じゃなくて。ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」
「大丈夫大丈夫。気にしない、で――」
――アキ君だった。
なんという不運な偶然だろう。レイニの姿で知り合いとぶつかるなんて、アンラッキーにも程がある。僕は咄嗟に顔を隠そうとして――すぐに隠す必要なんて無いと気づいて、普通に振舞おうとして。結果あわあわと意味不明な挙動を取ってしまった。
「……本当に大丈夫ですか? そこそこ強くぶつかりましたけど。もし身体が痛むようでしたら、保健室までご一緒しますよ」
「大袈裟だって。なんともないよ」
下手に会話を広げて、ボロを出したら面倒だ。僕は手短に会話を切り、さっさとアキ君の傍から離れようとする。食堂まで逃げ切ってしまえば、あとは人混みに隠れてどうにでもなる。
「それじゃ僕はもう行くね。実はお腹ペコペコで――」
「あ、ところでキミ。羽零晴斗って人知ってます?」
「――ッ!?」
急に飛び出した僕の名前。
バレた? バレたか? バレちまったのか?
心臓がバクバクと鳴り響く。言うまでもなく当然の話、誰か一人にでも僕とレイニが同一人物だとバレたら詰みだ。こんないきなりゲームオーバーなんて勘弁してくれ。
「……な、なんで急にそんなこと聞くの?」
僕はできる限り、当たり障りのない返事をする。まずはアキ君の問いかけの意図を探るべきだ。
「急ぎの用事があって探してるんですよ。メッセージを送っても返事がなくて。仕方なく今は一年生の人に聞いて回ってます。貴方のその青のブローチ、一年生ですよね?」
「あ、ああー……はは。なるほど」
レイニ状態である今の僕は、スマホで使用中のアカウントも『晴斗』から『レイニ』のものに切り替えている。なので通知が届く訳がない。彩淵学園の授業システムだと確実に会えるタイミングが存在しないので、メッセージが届かないというのはそこそこ重大な問題だった。
何にせよ、とりあえず僕の正体がバレたわけではないようで一安心。
――さて、どう答えようか。
僕は悩む。選択肢は二つだ。
羽零晴斗なんて知らないとシラを切るか、それとも知り合いだと言ってしまうか。
僕にとっての正解は間違いなく「知らない」と答える方なのだけど、アキ君を思うと選びにくい選択肢である。広大な彩淵学園の敷地の中から居るはずのない晴斗(僕)を探し回るなんて、あまりにも無駄な労力である。非が僕側にしかない現状、なんとも心が痛むではないか。
とはいえ後者はリスクが高い。レイニを僕の知り合いという設定にしたからといって、すぐに危機に陥るというわけでもないが、今後を考えると避けたい選択肢だった。
「……うん」
僕は悩んだ末に、前者に決める。アキ君には申し訳ないけど、ここは「知らない」と答えよう。まだ始まったばかりの高校生活で、不要なリスクは背負えない。
「えっと、その男の子の特徴とかある?」
「晴斗さんの特徴ですか?」
軽く特徴を聞いて、結果分からないと答えるのが一番自然な会話の流れだと判断。僕は心の中でアキ君に謝りつつ、嘘の言葉を口にしようとして――
「絶対に彼女とか居ないんだろうなって雰囲気してます」
「――なんだとお前ぶっ飛ばすぞ」
「へ?」
「いや何でもないです。すみません」
あっぶね……っ!
あまりにも不意打ちでバカにしてくるものだから、反射的にブチ切れかけてしてしまったぞ。一度落ち着け、羽零晴斗。今の僕は「レイニ」なのだから、晴斗としての自我は消し、一人の他人として冷静沈着に――
「あ、でも彼氏は居そうな雰囲気ですね」
――どんな人間だよそれ。
彼女は居ないけど彼氏は居そうって何? なんかもう僕、この先の人生が不安になってきたんだけど。というかアキ君をこのまま放置して大丈夫なのだろうか。よく分からない勘違いをされたまま放っておくのも、何か得体の知れない恐ろしさを感じる。
「あ、あー……晴斗さんね。思い出した思い出した。友達ですよ晴斗さん。マブダチっす」
「本当ですか!?」
仕方ないので僕は、アキ君の認識を改めるべく立ち回ることにした。晴斗の友人という立場から、少しずつ「晴斗さんはこういう人ですよ」と正しく教えていくしかあるまい。
「晴斗さんってめちゃくちゃカッコイイよね!」
「……え? だとしたら人違いかもしれません」
洗脳してでも教えていくしかあるまい。
僕は怒りを堪え、拳を強く握り締めた。
ギリギリと、ギリギリと――激しく震える僕の拳は、意図せずして、アキ君の目に留まるに十分だった。
「――……指、輪?」
僕の拳の、その人差し指。
それに気づいた途端、ほんわかとしていたアキ君の空気が一瞬で冷えた。それは驚きのあまりに、繕う余裕を失うような豹変だった。
もしかしてアキ君は幻装の指輪を知っている?
「ああ、そうだ。ごめんなさい、そういえばまだお名前を聞いていませんでしたね。窺っても?」
「レイニです」
「オレはアキ。よろしくお願いします」
そうしてアキ君はお気持ち程度に微笑んだ後、会話の流れをぶった切って「ところで」と言葉を繋ぐ。
「レイニさん、入学式の後に何か見ました?」
その露骨な質問で僕は確信する。アキ君もまた、僕と同じ指輪持ちの一人であるのだと。アキ君の手に指輪が見えない点だけがやや不可解だが、別に指輪は外せない訳でもない。
「……ふむ」
状況を整理する。
僕の目的は緋菊先輩と、できる限り自然なシチュエーションで知り合うこと。そしてアキ君は指輪持ちであり――同時に緋菊先輩と知人関係にある可能性が高い、という事実がたった今判明した。先日、緋菊先輩から「男子組は三人パーティになる」と伝えられたので、この推測はほぼ確実だろう。つまり三人目の仲間の正体はアキ君だったのだ。
「(……うん、これは運が良い。アキ君にレイニを緋菊先輩に紹介して貰えれば全部解決じゃん。というか現時点でそこまでの流れは確定か? 貴重な指輪持ちである女生徒(レイニ)を、アキ君が逃がす訳がない。僕がアキ君の立場なら、意地でも仲間に引き込む状況だ)」
となると、僕にとっての正解はなんだ? 既に今日の目的の達成が確約された今、次の段階に進むべきなのではないか?
僕は笑いそうになるのを堪えて、目の前の獲物を静かに見据える。
「……ええと。入学式が終わった後に、僕が何か見たかって?」
「はい」
「黒の花嫁衣装を着た、綺麗な生徒会長さんなら見たよ」
「え?」
「そのときに僕、すっかりあの人に一目惚れしちゃってさ。どうにか仲良くなれないかなって、ずっと考えてたんだ」
――すなわち己が恋の成就のために、アキ君を協力者に引き摺り込むのだ。
僕がアキ君に言わせたいセリフは一つだけ。「レイニさんの恋を手伝うから、代わりに仲間になってくれませんか」と。僕にとってはどちらもメリットでしかないそれを、さり気なく交換条件という形になるように持ち出した。
「え、と。……え? 一目惚れ?」
どうしたアキ君。何故そんなポカンとした顔をする?
今お前がやるべきはこれ幸いと、僕を緋菊先輩の元に案内し、そのまま強引に仲間として囲い込むことだろう。
「あ。いや、そうじゃなくて。たとえば化け物とか、なんか凄い状況になっている学園を見なかったかと、オレは聞いていまして……」
「そんなの先輩たちが《イーテル》を使って、何かのeスポーツの練習してただけでしょ? 僕は邪魔しないように柱の影に隠れてたよ」
「お、おお……。なんという理解の良さ……。普通なら悲鳴を上げるところなのに……」
確かにちょっと異様に理解が良すぎるか。まぁそこはレイニが優秀ってことで良いだろう。
アキ君は困ったように笑うが、一度咳払いをすると話を戻す。
「まぁいいですけど。それでそのeスポーツの練習なんですが、実は選ばれた一部の生徒しか受けられないんですよ。その他の生徒は放課後の遅い時間になると、シディルに強制的に校外に追い出される仕様になってまして」
アキ君の言葉のほとんどは嘘ではない。唯一の嘘は“迷宮”を“eスポーツの練習”と言い換えたことだけだ。
平日は午後六時以降になると、「翌日の授業に向けた校舎の作り替え」が行われると学園側から告知されており、同時にそれまでに下校するよう生徒は指示されている。そしてもし指定の時刻まで残っていた場合は、安全装置が働き無理やり学園の外に放り出されるのだ。
シディルはそのルールの穴を突き、無人の放課後を侵食していることになる。
「良ければレイニさんも参加しませんか? 詳しいことは明日、生徒会室に来て頂ければお話しますよ」
「生徒会室?」
「はい。あまり公にはしていないのですが、その企画を主導しているのは緋菊七姫生徒会長でして。……どうでしょう? い、一応レイニさんの言う……その、生徒会長と仲良くなる機会、には、なると思うのですが」
狙い通りの展開に、僕は微かに目を細める。だがまだ頷いてはダメだ。もう一声欲しい。具体的にはアキ君には、僕が緋菊先輩とデートできるように取り計らって欲しい。
アキ君がどこか申し訳なさそうに目を逸らしている理由だけは気になるが、僕は後回しにして演技を続ける。
「うーん。ありがたい話だけど、放課後を縛られるのは嫌だなぁ。僕ってこう見えて忙しい人間なんだ」
「で、でも凄く楽しいですよ!」
「僕の日常は楽しいで溢れてるから大丈夫です」
「ぐぅぅぅ……っ! 幸せそうで何よりです……っ!」
祝福してんじゃねーよ良いヤツか。
それよりアキ君、早く気づけよ。この状況でお前が僕に対して示せる魅力的な対価なんて、たった一つしかないだろう?
「で、でしたら……ッ」
「でしたら?」
「も、もし参加してくれるなら……っ、オレのできる範囲で、サポートします! レイニさんが、七姫さんと仲良くなれるように! ……す、好きなんですよね? あの人のことが」
僕は心の中でニタリと笑う。
それだよ、それを待っていた。
「え、嬉しい! そこまでしてくれるなら参加するしかないね! 頑張るよ!」
僕はアキ君の手を両手で握り、ぶんぶんと上下に振り回しながら満面の笑顔で感謝を告げる。
便利な仲間、ゲットだぜ。
「(わ、私はなんて最低なんだ……。後輩の純粋な恋心を弄ぶような、こんな劣悪な行為が許されていいのか……? どうしても女生徒の仲間が欲しかったとはいえ、しかし……これは、あまりにも……)」
はて。アキ君が罪悪感で今にも死にそうな顔をしているのはどうしてだろう?