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2025/11/14

第6話 幽霊についての貼雑


【怪談サークル『K-Wai』年会誌『怪々談々かいかいだんだん』2023年度より抜粋】

――ある事故物件のオーナーの話

 心理的瑕疵だっけ?
 参っちゃうよね。家賃は安くなっちゃうしさあ。
 一応、三年経ったら告知義務はなくなるんだけど、ウチのアパートったら有名なんだもん。児島はてるってサイトに載っちゃったからね。
 「その情報消せよ」って児島はてるに裁判起こそうかと思ったけど、ウチみたいな安アパートじゃそもそも割に合わないんだよね。時間とお金を使ってまでやることじゃないし。
 あいつ、こんな弱小オーナーにまで嫌がらせして何がしたいんだろうね? きっと性格が悪いに違いないぜ。
 そんなこんなであの部屋は格安で倉庫として貸してる。うん、納得して貰ってるよ。商売人って人種は現金だから幽霊とか気にしないんだ。
 ……これ、児島はてるも見落としてることなんだけど。
 ウチのアパートって築50年は経ってるんだけど、あの部屋で死んでるのって一人じゃないんだよ。
 ひいふうみい……記憶が曖昧なところもあるけど、トータルで七人か八人死んでるよ。凄いでしょ?
 お祓いとかもよくやったねー。でも全然効かないから金の無駄だってやめちゃった。
 だからさ……あの104号室に幽霊が出るって言われても、僕には誰の幽霊なのか解らないんだよね。
 沢山の幽霊がぎゅうぎゅうに詰まって暮らしているのか、それとも歴代で最強の幽霊が居座ってるのか……ね、児島はてるって大したことないでしょ?
 ご自慢の調査力でそこを突き止めてサイトに載せるまでやらないと。なんなら貸してあげてもよかったのに……ね? あんなの、他人様の看板に落書きして回ってるのと大差ないよね?
 まあ、幽霊の正体に関しては僕自身もちょっと気になるし、知ってから死にたい気持ちはあるんだけどね。
 どこか悪いのかって? いや、健康診断の結果は良好よ。当分死ぬ予定もないし。
 まだ解決しないといけない問題はいくつもあるけど、いずれあのアパートを潰して代わりにタワマン建てるつもりなんだ。孫をオーナーにしてさ。
 アパート潰しちゃったら答え合わせの機会は永久に失われるな、なんて。

 祟りが怖くないのかって? ハハハ、相続税より怖いものなんてないよ。


【月刊『いこい』2024年7月号 おみおくり特集より抜粋】


「お迎えは怖くない! 死を笑い飛ばすコツ」

――中条ちゅうじょう大学 三崎賢雄みさきけんゆう名誉教授へのインタビュー

――「昨今話題になっている、故人のSNS投稿や日記、映像といった記録からその人格をAIで再現することの是非について、先生はどのようにお考えでしょうか」
三崎「遺された方々の深い悲しみを癒やす一助になる可能性はあります。突然の死できちんとしたお別れができなかった方が、AIで再現された故人と最後の対話をすることで心の整理をつけるという活用法は大いに議論されるべきでしょう」

――「では先生は故人のAI再現に肯定的な立場ということでしょうか?」
三崎「いえ、当然ながら負の側面も大きいと考えてます。まず故人のAIはあくまで記録されたデータから最もそれらしい応答を生成しているに過ぎません。にもかかわらず遺族がその作られた人格に依存してしまったり、あるいは第三者が故人の人格を悪用して遺族を騙したりすることも考えられます。我々は死者の尊厳と遺された者の心の健康、その両方を天秤にかけ、極めて慎重なガイドラインを設ける必要があります」

――「一部ではこうした試みを幽霊を人工的に作り出す行為ではないか、という声もありますが」
三崎「AIの方が幽霊よりも気が利いていると思いますよ。私が思うに、幽霊とは死に際の強い情念が特定の場所に焼き付いたものに過ぎません」

――「どういうことでしょうか?」
三崎「例えばある場所で誰かが強い恨みを抱いて亡くなったとします。その瞬間、彼の脳内で発生した膨大な電気信号と、極限状態の精神エネルギーが、その場の磁場や空間そのものに一種のデータとして焼き付いてしまう……それがいわゆる幽霊とか地縛霊とか呼ばれるものの正体ではないかと。重要なのはその情報に我々が思うような自由意志はおそらく存在しないという点です。彼らは何かを考えたり、誰かと自由に対話したりすることはできません。ただ特定の条件下――例えば同じ周波数の精神を持つ人間が近づいたとか、月齢が特定の周期になったとか――そういったトリガーによって記録された情念があたかもビデオテープのように何度も何度も繰り返し再生されるだけです。壁に浮かぶ人影も誰もいないはずの部屋から聞こえる啜り泣きもすべてはその情念のループ再生に過ぎないのではないか。彼らは永遠に同じシーンを演じ続ける孤独な役者なのです。だから死を恐れる必要はないと思っています」

――「貴重なお話、ありがとうございました」


【食べグロ 口コミページより】


店名:アグロ・セアブラ

タイトル:一口目に幽霊は宿る

訪問日:2021年4月27日(火曜日) 13:00頃

投稿者:夢をカタルーニャ

☆:4.1


一乗寺。
この街のラーメンを語る上で、感傷は不要だ。ここは学生たちが腹を満たすための戦場であり、優しさや繊細さはすなわち弱さを意味する。濃厚こそが秩序で、背脂こそが正義。あっさり系は淘汰される。それがこの修羅の地の鉄の掟だ。
その掟に背き、そして破れた店が一軒あったことを俺は憶えている。
麺屋ニボリューション……煮干しの香る、あまりにも誠実で優しい醤油ラーメンは確かに美味かった。だがこの街では優しすぎるものは生き残れない。店は潰え、店主は借金を苦に厨房で自ら命を絶った。悲しいがそれもまたこの街の日常の一コマに過ぎない。
その跡地にアグロ・セアブラという新しい店ができたと聞いたのは先週のことだ。俺は前の店主の墓参りのつもりで、アグロ・セアブラの暖簾をくぐった。不義理がチャラになるとは思えないが、気が済まなかったのだ。
店内は前の店の面影など微塵もない清潔で明るい空間。券売機の筆頭に鎮座するのは「超弩級背脂チャッチャ系豚骨」。潔い。この街で生き残る術をよく理解しているらしい。
やがて着丼。
見たまえ、この完璧な一乗寺スタイルを。白濁した豚骨スープの海に、雪のように降り積もった背脂の粒。分厚いチャーシュー。これぞ力が正義の世界。
俺はレンゲを手に取り、まずはスープを一口、静かに口に含んだ。
そして――俺の全身の時が止まった。
違う。
これは違う。
脳が理解を拒否する。舌が記憶と現実の乖離に悲鳴を上げる。
濃厚な豚骨の衝撃を待ち構えていた俺の味蕾を撫でたのは、暴力的な旨味ではなかった。
それはあまりにもあまりにも優しく澄み切ったあの煮干しの香る醤油の味だったのだ。
間違えるはずがない。俺が確かに記憶している、ニボリューションのスープの味。ただの一瞬。ほんの一瞬だけ、確かにあの味がした。
俺は狐につままれたように、もう一度スープを口に運んだ。
今度は見た目通りの脳天を殴りつけるかのようなしょっぱくて脂っこい、暴力的な豚骨スープの味がした。
そうだ、これでいい。これが正しい。
だが最初の一口は何だったのだ?
俺の脳が、この場所の記憶から、ありえない幻覚(幻味、とでも言うべきか)を見せたというのか?
俺は残りのラーメンを、もはや味わうことなくただ胃袋へと流し込んだ。
店を出る。若い店主は「おおきに!」と威勢のいい声をかけてくれた。
俺は春の生ぬるい風に吹かれながらぼんやりと考えていた。
地縛霊の話は聞く。
だが味の地縛霊というのははたして存在するのだろうか。
新しい店のラーメンの最初の一口にだけ、かつての店主の無念がそのラーメンの魂が乗り移る……あれは「俺はまだここにいる」という、哀しい自己紹介だったのか。
もう誰にも分からない。


【独占インタビュー】

――事故物件サイト「児島はてる」運営者、その謎に満ちた素顔と目的を語る(2022.5.24公開)

日本中の不動産情報にあの燃え盛る炎のアイコンを灯し続ける、謎の事故物件公示サイト「児島はてる」。その目的は不動産価格の操作か、それとも単なる悪趣味か。
今回、我々は謎に包まれた運営者・児島はてる氏との接触に成功した。

――「単刀直入にお伺いします。あなたのサイトの目的は何なのでしょうか。不動産業界ではあなたが心理的瑕疵物件の情報をコントロールすることで意図的に価格を操作しているのでは、という声も根強くあります」
児島「金銭的な利益は得ていませんよ。何より私自身、不動産業をサイドワークとしておりますが、関係する物件の心理的瑕疵についても全て公開しています。その辺をフェアにしないと不公平じゃないですか」

――「児島さんの本当の目的を伺ってもよろしいでしょうか?」
児島「あくまで個人的な研究の一環です。ライフワークと呼んでも差し支えありませんが」

――「研究ですか?」
児島「想像してみて下さい。地上100メートルのタワーマンションの一室で誰かが亡くなり、地縛霊になったとします。ではもし何らかの理由でそのタワーマンションが解体されたら? 建物という物理的な足場を失った時、その地縛霊は地上100メートルの空中にぽつんと残るのでしょうか。それとも建物と共に消え去るのでしょうか。あるいは重力に従って地面に落ちるのでしょうか。私はそういった誰も確かめたことのない事象のデータをほんの少しでも多く集めたい。ただ、それだけなのです」

――「その研究の先に一体何があるのでしょうか」
児島「地縛霊という存在はある意味で幸福なのです。なぜならその魂が縛られている住所がはっきりしているのですから。私のサイトに載っている炎のアイコンはすべて魂の在処を示す正確な座標です……少々、個人的な話をしますがよろしいでしょうか?」

――「どうぞ」
児島「私の父は十数年前に起きた大津波に巻き込まれて命を落としましたが……父がどこに縛られているのか知りたいのです。最初に波にのまれた場所か、最後に息絶えた場所か、それともその後亡骸として漂っていた海のどこかか……生憎、今の私にはそれを知る術がない。しかし日本中のありとあらゆる『魂が地に縛られる事例』を収集し、分析し、その法則性を解き明かすことができたなら……いつか父の魂がどこにいるのかその座標を算出できるかもしれません。私はただ、もう一度だけ父に会いたいだけなのです」

我々が普段、恐怖や好奇の対象として見ているあの炎のアイコンは、実はたった一人の人間が広大な絶望の海の中からたった一つの魂を探し出すための哀しい灯台なのかもしれない。


【月刊『いこい』2024年7月号 おみおくり特集】


――「お迎えは怖くない! 死を笑い飛ばすコツ」ボツ原稿

――「ありがとうございます。非常に考えさせられるお話です。つまり先生の説では幽霊というのはあくまで場所に焼き付いた記録が再生されたものに過ぎないと……」
三崎「ええ、ほとんどの場合はそうです。ほとんどの場合はね」

――「例外があると?」
三崎「ええ。ここからは私の個人的な研究になりますが……AIは利用されますか?」

――「はい。テープ起こしなどでも活用しています」
三崎「大規模言語モデルはインターネット上の膨大なテキストデータを学習することで人間と対話できる能力を獲得しますよね。無数の文章のパターンや文脈を学び、そこから最もそれらしい応答を生成する……AIの成立過程と同じことが霊的な領域で起こってもおさしくはないんじゃないか、と考えているんです。もし、どこかに幽霊を収集し、学習している特殊な場所が存在したら? 一種の霊的特異点とでも呼びましょうか」

――「霊的特異点?」
三崎「その特殊な場所では地縛霊などが持つ、死に際の記録がいわば基盤モデルとして機能します。そしてその上で追加の魂の情報を追加学習用のデータとして取り込み、吸収してしまう……いわば霊的なファインチューニングが行われるのです」

――「……」
三崎「その結果、生まれるのはもはや決まった言葉や行動を繰り返すだけの単純な記録ではありません。取り込んだ複数の魂の情報を元にパターンを解析し、状況に応じて全く新しい言葉を紡ぎ出すことができる生成型の幽霊です。私はまだそうした幽霊と遭遇したことはありませんが、これから発生するのか既に発生しているのか……知るまでは死にたくありませんね」

――「貴重なお話、ありがとうございました!」

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