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京都市民限定で求人が出ているとあるバイトについて|MF文庫J発売前4タイトル特別試し読み!

2025/11/14

第17話 深村堂についての貼雑


────深村堂 webカタログ

【品名】無名のちゃぶ台
【時代】 平成

【解説】
どこにでもある何の変哲もないちゃぶ台です。ですがこの一台はある大学生が四年という時間、ただひたすらに磨き続けたという来歴を持ちます。彼にとってこのちゃぶ台を磨く行為は己の存在を確かめる唯一の手段だったのかもしれません。
そのせいかこの天板はただ滑らかなだけではありません。人の手の温もりと若者特有の持て余した時間、そして叶わなかった夢の記憶を木目が吸い込んでいるような、不思議な気配を纏っています。

【価格】 65,000円

【品名】ライデン瓶
【時代】 江戸後期
【解説】
静電気を溜めるための初期の実験器具、ライデン瓶です。蘭学が流行した江戸後期の作と見られます。
しかしこれはただの科学実験の道具ではありません。内側と外側の錫箔には梵字で書かれた真言がびっしりと刻まれ、栓はコルクではなく御神木から削り出されています。
かつてこの瓶を作った和蘭オランダ通の学者は雷ではなく、別の何かを溜めようとしていたのかもしれません。例えば人の魂とか思念とか。ちなみに当店では一度も帯電させたことはございません。あしからず。

【価格】 95,000円


【品名】能面『泥眼でいがん』
【時代】 平成中期
【解説】
嫉妬に狂った女性を表現する能面『泥眼』。ただ、この泥眼の面には目の下に涙の跡のようなヒビが入っています。通常の演目では使用できませんが、この面には底の知れない深い悲しみが湛えられているように見えます。
この面はある能面職人さんから譲り受けたもので、「ある日突然ヒビが入り、売り物にならなくなったので家に飾っていたら、すすり泣くような声が聞こえるようになった」とのことでした。
職人の繊細な仕事には魂が宿る、ということかもしれませんね。

【価格】 120,000円


────荻浦おぎうら和子(52 主婦 京都市在住)の証言

 深村堂さんのカタログでヒビ泥眼を見つけて、ウチの主人の仕事だとアタリをつけて訪ねてきはったと?
 はあー、ええ勘してますなあ。そうです。昔ウチにあったんを深村堂さんで買い取ってもらったんですけど。
 ええ、先代の深村さん。よう知ってますよ。
 あの人の目はほんまに特別でした。どんな品物でもあの方の手に掛かればその物の来歴から持ち主の想いまで、全部お見通しみたいでね。主人も私もすっかり信頼してましたわ。
 それがおかしくならはったんがちょうど二年ほど前の春やったかな。急に店を閉めがちになって。久しぶりにお会いした時、あんなに輝いてた目がなんだかすりガラスみたいに曇ってしまってはってね。
 主人と「どうかしはったんやろか」と心配してたんです。
 で、噂で聞きました。あくまで噂ですけどね。あの人、「百歩の家」に行き当たって、足を踏み入れてしまわはったんやと。
 ああ、学生さんやと知らんやろね。
 京都のどこかにガラクタの中にお宝が隠されている家があって、そこで拾ったものは持って帰ってええとか。
 ただし百歩を超えたら呪われるって話や。
 好事家の間では有名なお伽噺やと思ってたんやけど、ホンマにあったんやね。一攫千金狙いか、それとも腕試しか……あの方ほどの人がなんであんな場所に手ぇ出してしまわはったんか。
 そうやねん。深村さん、百歩超えてもうたんやって。
 そんな噂を聞いてからですわ。まるでホンマに呪われたみたいに悪い評判が聞こえるようになったんわ。
 深村さん、駄目になってはったなあ。ウチにある掛け軸の修繕をお願いしたら「これは偽物です」なんて言い出して。以前にあの人自身が「これは本物です」と太鼓判を押してくれはったのに……。
 貧すれば鈍するってやつなんか、目利きの力を無くしたんやろうか……。
 でも主人は「男は自信を喪失したらああなるねん。目利きも人あしらいも、自信が全てに先立つんや」と言うてました。逆に言うと、自信がなくなったらおしまいの合図なんかもしれへんね。
 結局、その年の秋に交通事故で亡くならはった。ほんまにお気の毒な話やわ。学校に通うようなお子さんを二人も残して……下の子はまだ中学生やったしなあ。
 お子さんらも深村堂を残したい言うてたみたいやけど、一度悪い印象ついちゃうとねえ。
 ああ、でも上の子は若い頃の深村さんみたいやったし、どうにかなってそうやね。若いのに目利きも人あしらいも上手い……何より器量よしやからな。

────碧楼書店刊『みやこの説話集』より『百歩の家』



 むかしむかし、京の都のどこかに入った者の欲の深さを試す不思議な屋敷があったんじゃとさ。
 中には宝の山。じゃが決まりが一つだけ。
 百歩のうちに、たった一つだけ宝を選んで、外に出ること。
 ある時、欲張りな商人が風呂敷片手にその家に入り込んでな。「あれも欲しい、これも欲しい」とあっちへうろうろ、こっちへうろうろ。
 それでとうとう百歩を越えてしもうた。じゃが商人はそのことに気づかぬまま家に帰り、背から風呂敷包みを下ろして開いた。
 するとどうじゃ。
 あれほど輝いて見えた宝の山がただの石ころやガラクタにしか見えんようになった。
 最初から宝の山などなかったのか、それともものを見る目をおかしくされてもうたのか……。
 商人はすっかり自信をなくし、店を畳んでしまったという。


────百歩の家についての考察

中条ちゅうじょう大学文学部 坊井健ぼういけん教授

 京都市に見られる「百歩の家」伝承は典型的な迷い家マヨイガ譚の一類型と考察されます。富を与える異界の家が訪問者に対して何らかの禁忌タブーを課す、という構造は日本各地の昔話に見られるモチーフです。
 特筆すべきは百歩という具体的な歩数制限です。あまり具体的に大きな数字を出す伝承は珍しいので、おそらくこの百というのは「沢山の歩数」であることを強調したものなのではないでしょうか。
 つまり宝物に目が眩んで、長々と居座った者にペナルティを与えた……という解釈もできます。無作法な者に厳しいというか、いかにも京都らしい伝承と言えるでしょう。
 とはいえ京都の都で迷い家というのもあまり現実的ではないので、もしかすると美術品などを安く買い叩き高く売る商人たちに意趣返ししたいという思いから生まれた民間伝承フォークロアかもしれませんね。


────ネットのオカルト掲示板より
【京都限定】百歩の家ってマジでヤバい【自己責任】

HN:名無しの探索者
先輩から聞いた話、投下する。
京都のどこかを歩いてると、たまに「バグる」ことがあるらしい。
いつもの道のはずが、見たことない屋敷に繋がってるんだと。
それが「百歩の家」。
中はお宝の山。ただし、スマホの歩数計アプリで100歩以内に1個だけブツをゲットして脱出しないと「呪われる」。
先輩のダチのダチが欲かいて101歩目を歩いた瞬間、スマホがクラッシュ。
そっからそいつブランド物の偽物とか全然見抜けなくなったらしい。メルカリで偽物掴まされまくって、金も信用も全部失ったってさ。
家に「目」を盗られるってマジなんだわ。
見つけても絶対入るなよ。マジで。

────仁科にしな諸数もろかず (48 質屋店主 京都市在住)の証言

 深村のとこの先代? そら、知ってるよ。わしらの世代であいつ知らんかったらモグリや。
 あのな、祇園で質屋なんかやってると色んな人間が困ってやってくるんや。儲けは景気に左右されるところはあるけど、食いはぐれる気はせえへんな。ただ、質屋なんてのは人の弱みにつけ込む稼業やから、古物商からは蔑まれるんや。
 だけどあいつは気さくで、俺なんかとも付き合ってくれたんや。友達だと思ってたよ。
 そんであいつの目利きは一流やった。お陰で何度か助けられたこともある。贔屓目抜きにしても、同世代では五本の指には入る男やったと思う。
 ……せやけどな、あいつは足を踏み入れてはいけない場所に、自ら入っていってしもうたんや。

 百歩の家。聞いたことないか?

 あんたみたいな余所から来た若い者は面白おかしい怪談話やと思うとるやろ。でもホンマにあるんや。説明しても信じへんやろうけどな。
 あいつはな、自分の目利きに自信があった。いや、自信がありすぎた。だから百歩の家に挑んでもうたんや……そしてうっかり百歩を超えてしまった。
 百歩の家でそれやったら"粗相"や。京都の旦那衆からゲラゲラ笑われてな、大恥かいて……呪われたんや。
 この街で呪われた奴と商売するような人間はボンクラや。あっという間にあいつの商売は左前になった。
 二年前、事故で死んだって聞いた時はホンマに事故か疑ったわ。事故に見せかけた自殺かもしれんし……いや、呪われた以上、どっちでも同じことやな。
 ……わしかて助けたかったわ。でもあいつから「助けてくれ」と言われん限りは助けられへんかったんや。大の男が人に助けを求めるんは案外難しい……みっともない姿を晒した店主は更に舐められるしな。
 ただ、こうも思うんや……もしかしたらあいつ、わしに気を遣って接触せんようにしてたんかもな。落ち目の奴とつるんでると落ち目になる言うしな。
 ……あんた、やけに突っ込んで訊いてくるけど、深村堂とどういう関係や? もしかして魔美ちゃんの身辺を探りに来たんか?

 もう帰れや。わしはあいつに借りがある。魔美ちゃんに何かあったら……あんたを殺すからな。

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