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【無料公開】『リゼロ』短編集12「紅炎の守護者」|43巻発売&第九章クライマックス直前記念

MF文庫J
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2025/12/18

   8

「『ますかれーどないと』は大好評だったであります! プリシラ様にも喜んでいただけて、僕も鼻が高いのであります!」
 と、忙しく会場の片付けに追われながらも、シュルトの愛らしい顔は達成感と、敬愛するプリシラのねぎらいを受けた喜びでピカピカに輝いていた。
 その舞台裏の血腥さの中にいたアルは、シュルトの眩しさを直視できない。
 とはいえ、プリシラが喜んでいたというなら上々だ。生憎、裏方作業が忙しくて、アルはほとんどパーティーに参加できなかったが、咎められることもないだろう。
「そう言えば、プリシラ様からアル様を見つけたらお伝えするよう言われていたであります! ――道化が舞台裏ではしゃぐのも大概にせよ。気が散ってはせっかくの催しも満喫できぬであろうが……だそうであります!」
「あー、うん、わかった。モノマネうめぇな、シュルトちゃん」
「照れるであります! でもまだまだであります! 精進するであります!」
 プリシラのモノマネはとっておきだったのか、褒められて照れ臭そうにするシュルトの頭をわしゃわしゃと撫でて、アルは可愛い少年執事の仕事にエールを送った。
 それから、宴の余韻がなかなか消えない庭園に向かい、仮面舞踏会の十日前にしたのと同じように、塀に背を預け、兜の後頭部をそこにぶつける。
 すると――、
「もしかしなくても、奥様、あの夜のことお気付きじゃないです?」
「みてぇだな。さすがに細かい事情まではわかりようがねぇだろうけど、オレがバタバタしてたのは気付かれてる……お前はどうだろな」
「うええ……奥様に見つかったら、私、アル様にお仕置きされるんですよね?」
「ああ、そのつもり。だから、死ぬ気でシノビらしく忍んどけ」
 互いに塀に寄りかかり、背中越しにそんな言葉を交わしながら、アルは二日前の夜会の後片付けが続いている屋敷の方を見やり、
「で、こっちの後片付けは?」
「死体は全部バラバラにして森の肥料にしました。あと、ハマヤルさんですが……」
「幻狼の飼い主な。どうなった?」
「亡くなられました。送り返した幻狼が始末されたんでしょう。影の獣と影主の命は一蓮托生、どちらかが死ねば両方死ぬのが力の代償なので」
「それで何回もしくじったのか……ってか、知ってたなら教えろよ」
「え~? 聞かれませんでしたし~?」
 小憎たらしい顔でそう言っているのが目に浮かび、アルは深々と息を吐いた。
 あの地下道でアルに心を殺され、ハマヤルはこちらの言いなりに、プリシラの暗殺を命じた黒幕へと幻狼を送り込み、命を落とした。それ自体は予想していた通りだし、相手にメッセージも伝わって、割に合わないと思ってもらえたと期待したい。
 ただ、ハマヤルの心を壊してから、改めて思った。
「ヤエ、お前、どうかしてるんじゃね?」
「ま。なんですかそれ。可愛いヤエちゃんを捕まえて、暴言にもほどがありますよ」
「暴言なのは認めるよ。けど……」
 丹念に丁寧に、ハマヤルを言いなりにするためにアルはあらゆる手を尽くした。
 だが、彼をヤエのように忠実な手駒にすることはできなかったし、結果を見て、そちらの結末の方が自然なのだと、そうはっきり感じられた。
 ならばヤエは、どうして今の立場に甘んじられる精神状態になったのか。
「他ならぬアル様が私を女にしたくせに、なんて言い草なんでしょう」
「……お前は生まれたときから女だし、そこにオレが絡んだ要素はねぇし」
「……今からでも、要素を絡めることも可能ですけど?」
「怖いこと言うなよ。めちゃめちゃサブイボ出たじゃん」
 たぶん、可愛く愛嬌たっぷりな顔をしているのだろうが、そのヤエの誘い文句にアルは首筋の鳥肌を撫でて、すげなく応じる。
 時折、ヤエはこうしてアルをからかう言葉に女の色を混ぜてくる。それは彼女の防衛本能が、アルの情を勝ち取るための手段と最適解を弾き出しているからだ。
 そしておそらく、その最適解に間違いはない。仮に彼女の思惑通りに運んだら、アルはヤエのことを今と同じように利用することができなくなる。
 だから、その誘惑を決して受け入れないことが、アルの最大の自衛手段なのだ。
「まぁ、そもそも、エロさで姫さんに敵わないうちは引っかからねぇけど」
「胸か~? やっぱり胸なのか~? 殿方っていつもそうですよね~」
「黙秘します」
 それもプリシラの魅力ではあるので、頭ごなしに否定することをアルはしなかった。
 その上で、アルは次の言葉を口にするかどうか迷い、口にすることにした。
「ヤエ、今回は助かった。ありがとよ」
「――。およ、アル様がちゃんとお礼が言えるだなんて……明日は火の雨ですかね?」
「礼ぐらい言うわ。お前、オレをなんだと思ってんだよ」
「――化け物ですよ?」
「――――」
 すっと、冗談めかした色のない返答が即座にあって、アルは息を呑む。そのアルの沈黙を受け、顔の見えないヤエはなおも続ける。
「アル様は化け物です。私は、それを知っています。私がハマヤルさんと違っているのは、きっと『恐怖』への耐性の違いなんじゃないかな~って」
「……ハマヤルの方が、恐怖に弱かった?」
「逆です。私、何かを怖いって思ったこと一度もなかったので」
 聞く限り、幼い頃からシノビの里で一度の挫折もなく、苦行とされる修行をも難なく乗り越えてきたヤエには、およそ恐ろしいものが存在しなかったのだ。
 その、ヤエの知らなかった感情を、アルは彼女の魂に刻み込み、教え込んだ。
「――領域の加害者」
 それはアルの有する反則技――権能の発動において存在する、特別な定義だ。
 本来のアルの権能には発生しなかったそのバグは、こういったことの分析が得意な存在と引き離されて久しいため、原因がわかっていない。
 自信の喪失と、使命感の欠如。それが原因だとアルは分析しているが、少し前のアルは権能の主観がブレて、主導権が被害者と加害者で入れ替わるバグを頻発していた。
 それも、プリシラを王にすると決意して以来、ブレることはなくなっていた。――ヤエを止めるため、彼女と死闘を演じるまでは。
『紅桜』ヤエ・テンゼンは強かった。――断固とした覚悟を決めたはずのアルに弱気を差し込み、彼女を領域の加害者の立場に陥れるほどに。
 権能のバグとしか言えない、抜け出せないループの発動。ライプ・バーリエルの妄執さえ風化させた現象に呑まれ、ヤエはライプと同じ末路は免れたが、『恐怖』を知った。
 故に彼女は――、
「私はアル様が怖い。アル様以外、何も怖くありません。アル様に逆らうなんて、考えただけでも震えが止まりませんし、涙も出てきそう。だから、あなたに従います」
「ヤエ……」
「何でもします。従います。尽くします。奉仕します。ですからどうか、もう私を……ヤエを怖がらせないでください」
 その切実な懇願に、アルは自分が踏み躙ったものの重みを感じ、瞑目した。
 しばらく前、ヤエが自分の刺客としての本分を全うしようとする前は、アルと彼女との間に『恐怖』という越えられない絶壁は存在しなかった。
 あのときの居心地のいい関係性、それはもう二度と取り戻せない。あのぬるま湯の関係性と引き換えに、アルはプリシラの未来を引き寄せると決断した。
 だから――、
「ああ、これからもオレに逆らうな。ちゃんと従うなら、悪いようにはしねぇ」
 言ってから、なんとちんけな悪役めいた台詞だろうと、自分で自分がおかしくなる。でも、笑い出すわけにはいかないと、アルは頬の内側を噛んで衝動を堪えた。
 自分が本物の悪党なのだと自覚するのが遅すぎて、本当に憎たらしかった。
「……はい、アル様」
 そう自嘲するアルと、煉瓦塀越しに背中合わせになりながら、ヤエは呟く。
 飼い慣らせぬ『恐怖』に高鳴る胸を押さえ、ヤエは己の心に従い、塀越しの男への屈服を、決して途絶えぬ魂の服従を、彼に聞こえぬ声で囁くように誓うのだった。

《了》

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