SHARE

【無料公開】『リゼロ』短編集12「紅炎の守護者」|43巻発売&第九章クライマックス直前記念

MF文庫J
MF文庫J
2025/12/18

   5

『ってわけで、危ういところだったシュルトちゃんはこっちで助けておきました。久しぶりにふわふわの髪も堪能できて、ヤエちゃんご満悦です』
 そう、途中経過の報告の間に趣味の話をされて、アルはちょっとげんなりした。
 刺客がプリシラのお気に入りであるシュルトを狙い、何らかの攻撃を仕組んだのを未然に防いだのはお手柄だが、この女、人殺しである。
 それも結局、八人からの戦果を四人ずつ半分で分け合ったので、過半数は持ちたいというアルの努力目標さえ妨害し、趣味まで貫徹している。
 遊びで他人の命を奪い、弄ぶ性格破綻者――とは言わない。シノビとして育てられた彼女にとって、殺しは日常の延長線上にあるというだけの話だ。
 ともあれ――、
「苦労はしたが、お前が見つけたシノビは全員片付けた。今度こそ打ち止めか?」
『ん~、そですね~』
「なんだよ、歯切れが悪ぃな」
『いえですね? もちろん、ヤエちゃんに匹敵するシノビなんて里長の爺様くらいしかいないので、質より量になるのは否めな否めななんですけど』
「否めなだけど?」
『ヤエちゃんでしくじったのの第二弾なら、せめて束ねてヤエちゃん級の計画でなきゃ、命の無駄遣いじゃないです?』
 疑問符付きのヤエの問いかけに、アルは息を詰め、確かにと考え込む。
 冗談めかしたヤエの自己評価だが、彼女が里の最高傑作という評価は他ならぬアルが我が身で体感した事実。――世界のルールに干渉する反則技持ちのアルの経験上、彼女は三指に入るほどアルを追い詰めた実力者だ。
 そのせいで、ヤエは味わわせるつもりのなかった地獄を味わったのだが――、
「それはともかく、お前の意見は道理だ。帝国が人間の命を命とも思わないで、火にかけた鍋を冷ますのに、氷をちょっとずつ投げ込むみたいな真似をするんでなきゃ」
『帝国での命の価値は命一個分ですよ。一度だけ皇帝閣下に謁見したことありますけど、人は効率的に死ぬべきって言ってました』
「絶対仲良くできなさそう……」
 まぁ、会う機会もないだろう皇帝のことはいいとして、アルは真剣に考察を進める。
 ヤエの言う通り、彼女がしくじった任務に、彼女以下の成功率の作戦で送り出しても死者が増えるだけ。帝国が命に見合った成果を求める主義なら、ここまでアルとヤエが二人がかりで処理したのは、見え見えの陽動の可能性がある。
 すなわち、計算上、ヤエよりも成功率が高いと見込まれる策が進行しているはずだ。
「思い当たる節は?」
『王国と帝国には、王選前に結ばれた不戦条約がありますよね。それに抵触したと言われないために、実行役は完了後に自死が義務付けられてるはず。ってなると、貧乏性の爺様は若いのとか有望株は送りたがらないので、腕前が選抜理由じゃなくなる。う~ん、ちょっと可能性が多すぎて絞り切れませんね~』
 アルの問いかけに猫のように唸り、ヤエが適当な意見の提出を拒んだ。
 あらゆる状況に対応可能なユーティリティプレイヤーであるシノビだけに、その技能や術技を駆使した作戦の可能性は星の数ほどある。例えば、アルが刺客を秘密裏に始末するのに使った短剣、それに塗られた毒もヤエが調合したものだ。
『耐毒訓練したシノビも殺せる超猛毒、ジランメ配合のヤエちゃんスペシャルです』
「試しに指先でちょんってやって地獄見たわ」
『あはは、アル様ったら、死なないからってバカしすぎですよ~』
 本気と冗談、どちらと取ったのかわかりづらいヤエの反応だが、アルからすれば命を預けるための武器なのだから、効果のほどを知っておきたいのは至極当然だろう。実際、掠めただけでも一瞬で意識と命が粉々になった、恐るべき猛毒だった。
 そして、その短剣の効果に、また世話にならせてもらうことになりそうだ。
「ヤエ、本当に敵の策の本命はわからねぇんだな?」
『はい。――どうされます?』
「決まってんだろ」
 低い声のヤエの問いかけに、アルはこの先の展開に頭を悩ませながら答える。
 アルだけの反則技で、敵のわからない狙いを暴こうとするのなら――、
「――虱潰しの総当たりだよ」
 そう言って、アルは目につく範囲に被害をばら撒くべく、顔の見えない招待客たちで埋め尽くされるパーティー会場へ、のしのしと足を進めた。
 そこで――、
「――エル・ドーナ」

 ――アル以外には取り返しのつかない、尋常ならざる暴挙が始まった。

  • リゼロ
  • 無料公開

関連書籍

  • Re:ゼロから始める異世界生活短編集 12
    Re:ゼロから始める異世界生活短編集 12
    短編集第十二弾に描かれるは、過去を物語る三つの断片。
    青き日のユリウス・ユークリウスが、初任務で出会った赤毛の少女と事件の解決に挑む『First Mission』。
    若かりしロズワール・L・メイザースが共犯者たちと共に、王国と帝国を揺るがす『人狼』を取り巻く陰謀に立ち向かう『Once Upon a Time in LUGUNICA II』。
    そしてアルがヴォラキアのシノビであるヤエ・テンゼンと共に暗躍する『紅炎の守護者』――。
    「ヤエ、手出しすんな。そいつには、やってもらうことがある」「――お望みのままに」
    全編Web未掲載の過去を綴る物語。――歩んだ道が誇りとなり、誇りが志を支える剣となる。
    長月達平 (著者) / 福きつね (イラスト) / 大塚真一郎 (キャラクター原案)
    発売日: 2025/04/25
    • ラブコメ
    • ファンタジー
    • バトル
    • 異世界
    • 異能/能力
    • 魔法/魔術
    • アニメ化
    • コミカライズ
    MF文庫J
    試し読みする

みんなにシェアしよう