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魔女と毒殺文芸部 Curse.01『不死』の魔女は僕に殺されたいようです。|MF文庫J発売前4タイトル特別試し読み!

2025/11/14

プロローグ


 最高の恋人が居る生活は、どんなに幸せなのだろうか。
 朝、目覚めて、おはようと笑いかけられる。
 みそ汁の匂いがする。
 エプロン姿の彼女は、今日は自信作なの、と鈴を転がすような声で笑う。
 ベッドから起き上がった僕は彼女を抱きしめる。
 僕の身体にすっぽりと収まった彼女は、どうしたの、と上目遣いで尋ねてくる。
 君と共に生涯を過ごしたい。
 守ると誓ったら、よろしくね、と笑われたい。 
 そんな生活を彼女と送ることが出来たら――。

 彼女と最初に出会ったのは、中学二年生の、良く晴れた夏のある日だった。
 例によって遅刻気味に僕が自転車をかっ飛ばして中学校に向かっていると、コンビニの軒下で野良猫に餌をやっている女の子に目が留まった。
(……胡桃沢加恋だ)
 僕は彼女のことを知っていた。
 胡桃沢加恋は、僕が通う中学校において、いわゆる『天才』と称される少女だった。
 当然のように成績優秀で容姿端麗。運動神経は抜群だし、家柄は驚きの社長令嬢だ。
 唯一問題があるとすれば必要以上に馴れ合わない人柄だが、それも孤高の女王と解釈すれば許容ができる話だし、何より彼女には、人知を超えたオーラがあった。
 それにしても猫に餌付けをするというのは、普段の胡桃沢とは違うイメージで新鮮だった。
「飼うのか、その猫」
 大した知り合いでもないのに、なんとなく声をかけてしまう。
「ううん。絡まれたし暇だったから相手にしただけ」
 彼女は、それから、この黒猫を動物病院に連れていきたいと続けた。
 僕の自転車のカゴに乗せてもいいか、とも。
 どうにも彼女はその猫を保護することは決めたが、病院までの足が無くて困っているらしい。だから、都合よく現れた僕の自転車を使わせろ、と。
 そうして僕は、彼女と一緒に動物病院まで連れ添うことになったのである。

 結論から言えば、猫は健康で何の問題もなく、迅速に胡桃沢の父親の友人に引き取られることになったらしい。
 それから三年生に進級した僕たちは同じクラスになり、運命の悪戯か隣の席になった。
 最初は猫の話題が続くもんだが、どんどん話が発展していって、好きな給食とか昨日見たテレビとか嫌いな先生だとか、そんな話題で盛り上がるようになった。
 彼女はミルクティーが好きだし恋愛リアリティーショーには目がないしことあるごとに美術部に勧誘してくる担任の岡田が嫌いだった。
 彼女について知ることが増えるたび、段々と惹かれていく自分がいることに気がついた。
 彼女はいつも当たり前みたいな顔をして、僕の腕に抱き着いては笑う。
 いつしか彼女の顔を見るだけで胸が高鳴る自分がいて。
 ――今日は、二人きりの卒業旅行。
 電車に乗って、目的地へ向かっている真っ最中。隣に座る彼女は、僕に向かって意味深に微笑む。時折、からかうように手のひらに触れてきて、僕はくすぐったい思いをした。
 なぁ、神様。
 初めて祈る。強烈な腹痛に襲われたトイレの時だって僕は祈らない。初詣だって形式的に行ってるだけだし宗教なんて馬鹿げてると思うし、幽霊や悪霊だとか目には見えないものは決して信じない、この僕が、だ。
 こんなに怖いのは、人生で初めてだ。
 今日、僕は絶対に彼女に告白する。
 心を奮い立たせる勇気が欲しいわけじゃない。
 どんな結果になったとしても受け入れる、その覚悟はある。
 だけど、僕自身の手でお前のことを幸せにしてやりたいって言ったら、それは傲慢だろうか。
 どうしようもなく好きだから、想いがどうにか届いてほしい。
 祈るくらいなら、今までの積み重ねを信じたほうがマシだと思うけど。
 それでも祈ってしまうんだから、人間ってのはどうしようもない生き物だ。

 到着した地下鉄のホームは、巨大な生き物の肺の中みたいだった。今出てきた電車の中に、再び人が吸い込まれていく。多種多様な雑踏が、僕には電車の呼吸のように思えた。
 胡桃沢は僕の先を歩いている。小走りで追いかけて、横並びになると、彼女は静かに笑いかけてきた。それから、言葉もなく、僕の手を握ってくる。当然の権利を行使するかのように、ぎゅっと。僕はこそばゆい思いをした。
 こいつは、本当にずるい奴なのだった。
 他にも、気を許した相手にはじゃれてくる猫のような性分もそうだし、気まぐれな性格にはいつも振り回されっぱなしだし、その見た目も、ずるい。
 茶髪のロングヘアーに、翡翠色の神秘的な瞳。
 服から覗く肌は、雪のように澄んでいる。
 手足は長い。モデルのように華々しい長身に、立ち振舞いからはどこかオーラを感じさせる。
 しかし、都会は誰もが忙しいらしい。彼女に振り返る人はいなかった。
 二人で並んで改札を抜ける。
 その瞬間に、大人たちの目をかいくぐった気がして、なんだか爽やかな気分になった。
 今日は絶対にやらなければいけない日だ。だからやる。簡単なことだ。
 涼し気な夜の風も、僕の恋路を応援するように背中を押してくれることだし。
 いいさ。
 やってやる。
 今日、僕は――胡桃沢に告白して、付き合ってみせる!
「ほら、アサギ。ぼーっとしてないで、いくよ」
 最初からこちらに手を差し出してくるのは正直反則だと思うけれど。
 今日の僕には、断るなんて選択肢はないのだった。
 
 思い返せば、卒業旅行のきっかけは僕の思いつきの一言だった。
「卒業旅行とか、行けたらいいよな」
「じゃあ、行く?」なんて、受験勉強中の片手間に、そんな大事なことが決まるとは思っていなかったけれど。予期せぬ幸運がたまらなく嬉しくて、僕は即座に頷いた。
「……何がしたいの?」
 高級ディナーに行って、卒業記念にプレゼントとか交換したりして、
「うん」
 海とか、いいよな。
「……海?」
(告白スポットにちょうどいいと言う話をするわけにはいかなくて)
 夜の海って、すごく綺麗だと思うんだよ。
 一緒に見てみたい。
「じゃあ、そうしよっか。『え?』じゃなくて。……ちゃんと付き合ってよ」
 そんな僕の戯言は、彼女によって完璧に聞き届けられてしまった。

 ビルの高層にある高級レストランに、繁華街でのショッピング。
 彼女の主導の元、あっという間に夢のような時間は過ぎ去り、
 次が、この旅の最終目的地だ。
 僕たちは今、海に向かっていた。
 海が近づくにつれて。
 波音が耳に届くにつれて。
 潮風が鼻をくすぐる距離まで来て。
 僕たちは、いつの間にか夜の街を抜けていて。
 心臓が最高潮に鳴る。
 ついに砂浜に足を踏み入れた僕は、こいつに、
「ねぇ、鬼ごっこしようよ」
 ……今日も振り回されてばっかりだ。
「タッチ」
 と空いた方の手で触られて、今まで繋がれていた手が離される。 
「最初はアサギが鬼ね」なんて、とんでもなく気まぐれな奴だ。
 そういえば。
 彼女を追いかけ回しながら、彼女の手が汗ばんでいたことを思い出して。
 だから、彼女も緊張しているのかもしれない。
 そんなことを思った。

 砂浜での鬼ごっこは難しかった。「裸足でやろう」と彼女がルールを設けたせいだ。ざらつく砂に足を取られて、転んだ僕を彼女は嘲笑っていた。 
 野球拳にはスリルがあった。「見せるのは下着姿まで」とのルールがあったが、尚のこと僕は興奮した。そのせいか出す手を読まれ、僕は彼女にブリーフを晒すことになった。たった一回しか勝てなかった。彼女はセーラー服のスカーフを外して笑っていた。
 他にも色々な遊びをした。いっぱい遊んで、疲れ果てた。
 お互いに疲れ切って、座り込んで、それから笑い合った。
 こんなに力いっぱい遊んだのは、あるいは小学生の時以来だったのかもしれない。
 息が切れるまで、遊んで。あらゆることを、やり尽くして。
 ああ、今かもしれない。
「胡桃沢」
 そう呼び掛けて、改めて目を合わせた瞬間に―― 
 彼女が浮かべていた表情に、思わず思考が停止した。
 その目は潤んでいた。
 その頬は紅潮していた。
 その唇はよく見れば赤かった。
 獣のような息遣いが耳朶に響く。
 彼女は、静かに僕を見つめていた。
「あなたといると、普通の女の子みたいで、本当に嬉しいの」
 ふと、少し動けば唇がぶつかりそうな距離感だと、気づく。
 勢いのまま海まで来て、情熱的なロマンチックを期待していない訳がなかった。
「ねぇ、目を閉じて?」
 言われた通りに、目を閉じた。
 僕だって、お前のことが――ずっと前から好きだった。
 
 しかし、何秒経っても決定的な瞬間は訪れない。
 不審に思って目を開けると、彼女は海辺にいた。
 遠い背中。悟れない表情。
「胡桃沢」
 そう呼びかけたのは、彼女の顔を見たい、その一心だった。
 全ては僕のひどい勘違いだったのかもしれない。
「……ごめんね? 切り出すタイミングが分からなくてさ」
 その声には、ほんの少しだけ、息を詰まらせたような気配があった。
 そして、振り向いた。 
 振り向いた時には、既に。
 彼女の首には、たっぷりと伸ばしたカッターナイフの刃が、あてがわれていた。
 カッターナイフの刃が。
 彼女の首筋に、ぴたりと触れていて――
 カッターナイフの刃が、彼女の頸動脈を切った。
 吹き出たのは、青。

 首、傷口――青い血液がどくどくどくどく。

 それから、ジュクジュクと。
 音を立てて。
 気泡を立てながら。
 彼女の傷口は、再生した。

 首、傷口――あっという間に再生済み。

 首元には、深海のように冷え切った、不自然な青い血だけが残っている。
 もう、傷は、既に、跡形もなく――治ってしまっていた。
「私はね、死ねないんだ」
 愕然としている僕に向かって、声は続けられる。
「私は、魔女なの。悪魔に、『不死』の呪いをかけられた、――化け物なんだ」
 何を言っているのか、分からない。
 あまりの出来事に脳が委縮してしまっている。
「お前、今、首……」
「うん。切ったよ。そして治った」
 彼女は人差し指で首をなぞった。なぞった先にあるのは白い肌。健康そのものだ。まるで事件なんて起こっていないかのように。だけど、首元の青色の血が知らせてくれる。
 あれは本当に起きた出来事なのだ。
「私はね、死ねないんだ。何度やっても、何をやっても、死ねないの」
 彼女は寂しそうな微笑を浮かべて告げた。 
「私は、魔女なの。悪魔に、『不死』の呪いをかけられた、――化け物なんだ」
 海と砂浜。離れた距離から彼女は微笑み、静かに秘密を打ち明ける。
 彼女の傷口はいつの間にか閉じていた。死を免れた彼女に、僕は嫌でも非現実を認識しなければならなかった。
「……とっ、とにかく、死なないってことか?」
「うん。死ねないの。いきなり驚かせちゃったよね、ごめんね?」
 彼女は申し訳なさそうに手を合わせる。
「いや、確かに驚いたけれど……そんな、謝るほどのことじゃ――」
「怖かったでしょ?」
 彼女は、悲しそうに眉を下げて、手元のカッターナイフを見やった。
「急に首を切ってさ。ショッキングな光景を見せたと思うの。だから、ごめんね。伝えたかっただけなの。私が、こういう、化け物なんだって」
「そんなことないよ」
「だって、」
「僕はそんなこと思ってないよ。化け物だなんて、思ってない。自分を責めないでくれよ。傷ついたのはお前だけで、僕はちっとも傷ついちゃいないんだ。この場合はむしろ、お前の自傷を止められなかった僕が責められるべきだろ」
 下唇を噛みしめながら、彼女はじっと僕を見た。
「あなたは、被害者なんだよ? なんでそんなに優しい言葉をかけられるの?」
「別に僕は被害者じゃないからだ。お前の主観が間違ってるんだよ。僕にしてみれば、友達に秘密を打ち明けられて嬉しいくらいだ。お前こそ、こんなことを打ち明けるの、怖かったんだろ?」
「それはそうだけど、さ……」
「細かいことを気にするなよ、胡桃沢。僕とお前の仲なんだ。死なれちゃさすがに困ったけれど、お前が生きてるなら、もうそれだけでいいよ」
「……」
「ありがとな、胡桃沢。僕に秘密を教えてくれて」
「あなたは、もう、ほんとうに――」
 続く言葉の前に、彼女はにこやかに微笑んだ。
「ほんとうに、優しい人……」
 それから目を細めた。
「それなら、この先のお願いもできそう」
「この先?」
 彼女は、「うんっ!」と元気よく返事をして、
 喜色を湛えたまま、
 両手を大の字に広げて、
「アサギには、私のことを殺してほしいの」
 彼女は、確かに言ってのけた。
 彼女の瞳は凪いでいた。
 冷静に心を見透かすような、悪魔のような目をしていた。
 彼女は目を細める。
「お願い、私の自殺を手伝ってくれない?」
「……は?」
 困惑する僕を見て、「説明が足りなかったよね」と、彼女は照れくさそうに頬を掻いた。
「魔女はね、『真実の愛』によって殺されると――私のことを愛してくれる人に殺されると、灰になるんだ。これに例外はないの。それでね、もしかしたら、アサギなら、私のことを殺してくれるんじゃないかなって……思って……」
 彼女は、告白の答えを待つ乙女のように、いじらしく、僕の方を見てきた。
 滔々と語られても、理解ができなかった。
「そもそもお前、殺されたいってどういうことだよ……」
「愛を証明されたいんだ」
「……愛を?」
「ううん、なんでもない。とにかく、私、死にたいんだよね。でも、この身体じゃ死ねない。だから、せめてアサギに殺されたいんだ」
「……。お前は、何で死にたいって?」
「死にたい理由なんて、なんとなく共感できない?」
 彼女の言葉は、夜の海のように凪いでいながら、その水底には暗い気持ちが沈んでいるようだった。
 胡桃沢の、その言葉に。
 何も言えなかった。
 僕は、説法を説けるほどできた人間じゃない。人生の意義を教えられるほど有能な存在じゃない。とにかく生きろと言うほど、無責任な人間でもない。
 かつての自分も、そうだったからだ。
「分からないとは言わないよ、胡桃沢。僕も、お前と同じ地獄にいたから」
「過去形なんだね」
「お前に救われたんだよ」
 彼女は、少し驚いたような顔をした。
「私に?」
 僕は力強くうなずいた。
「お前に出会ったせいで、僕は死ぬのが怖くなったんだよ」
 お前と過ごすのが楽しくて、死にたいなんて、とても思えない。
 この世界のことは嫌いだけど、お前のことは大好きだ。
「お前にとっての僕も、そうであってほしかった」
「……私のことを、殺してくれないってこと?」
 そこで、彼女と目が合った。
 お互いに、意思疎通はそれだけで十分だった。
「そっか」
 寂しそうに笑った彼女は、静かに目を伏せる。
「……お願いか脅迫にするかは、決めてなかったんだけどなぁ」
 彼女は、退屈しのぎに弄んでいたカッターナイフを、滑るように首筋へ走らせた。
 青色の血が再び舞う。
 当然、死なない。たちまちと癒える傷に辟易とした様子で、彼女は告げた。
「今から、脅迫するから」
 そして――更に凄惨な傷を自らに刻み付けた。
 目、頬、口、肩、胸、腕、肘、腹、腰、腿、膝、
 腿、腰、腹、肘、腕、胸、肩、口、頬、目、首。 
 切って、刺して、抉って、削がれる、
 ――地獄絵図。
 それを、
 見て、
 走り、
 浸り、
 沈み、
 掴む。 
「おいッ!」
 彼女の腕を強引に掴んで、その凶行を止めさせる。彼女は、安堵したように笑った。
「やっぱり止めてくれるよね、アサギなら」
「なにやってんだッ!」
 感情的になりすぎると、血が頭に上って、痛い。
「お前は何をやってるんだよ……」
「脅迫だよ。言わなかった?」
 彼女は、呆れたようにため息を吐く。
 それから、掴まれた手首を見て、笑った。
「あはっ」
 甘い吐息を漏らした彼女は掴まれていない方の手で、僕の頬を撫でた。
 割れ物に触るみたいに、優しく触れてきた。子を慈しむ母親のようだった。
 本当に優しくしたいのだと、冷たい指先が伝えてくる。
「……私、意味わかんないよね? 急に自傷して、脅迫だって言って。私のこと、怖いよね? 逃げても、いいよ? 捨てるなら今捨ててほしいの。これ以上巻き込まれたくないなら、今すぐ逃げて? ……嫌なら、今すぐ、突き放してよ」
 寂しいと言っているように聞こえた。
 皆が知っている胡桃沢はこんなに弱い奴じゃない。僕だけだ。僕の前でだけ、胡桃沢は普通の女の子みたいに泣いて、笑う。
 ああ、本当に、お前は、訳が分からないやつだよ。
 だけど、僕もお前のことが、訳の分からないくらいに大好きで。
 だから。
「僕がッ、お前を! 突き放すわけないだろうが!」
 力強く宣言すると、
 彼女は力なく、僕の胸板に頭を擦り付けてきた。
「……アサギっ…………!」
 ぐりぐりと、力なく、子供が親に泣きじゃくるような弱弱しさで、
「じゃあっ、お願い。私のことを殺してっ? 私の自殺、を、手伝ってよ……!」 
 彼女は僕の胸元で囁いた。
 それがどうしようもなく悲しくて、僕は彼女の頭を撫でた。
「ごめんな、胡桃沢。僕にはお前のことを、殺せないよ」
「なんでっ……? どうしてっ、殺してくれないのっ……?」 
 答えを考える間に、たくさんのことが過った。
 それは彼女との勉強の甲斐あって百点を取った英語のテストの答案だったり、
 体育祭の借り物競争の時『友達』というお題を手にして僕の前に現れた胡桃沢だったり、文化祭の時に一緒に食べたクレープだったり、
 一緒に行った合格発表でお互いの受験番号があって喜んだときだったりした。
 僕は、認めるわけにはいかない。
 彼女の死だけは、どうあっても肯定できない。
 何があっても生きてほしいと願うほど、お前のことが大切だから。
 だから、
「だから……お前のことは、友達としては好きだけど、恋愛とか、『真実の愛』とか、そんなんじゃない。だから、僕には殺せないんだ」
 偽った。本当は好きでたまらないのに、――彼女を生かすために。
「友達だから、殺せないの?」
「そもそも、『真実の愛』なんていうけど、僕がお前のこと好きだなんていつ言ったんだよ?」
 彼女は目を見開いた。
 それから、静かに、「そうだよね」と納得したような声色で、呟いた。
「じゃあ、これから頑張らないと。――あなたに愛してもらえるように」
 強がるように微笑んだ後で、彼女は静かに抱き着いてきた。
 僕はただ、その温もりに感じ入った。
「大好きだよ、アサギ」
 ずっと待ち望んでいた言葉だ。
 ずっと、僕が焦がれて、止まなかった言葉だ。
 それが今になって手に入ることが、とにかく悲しい。
 彼女はきっと。ずっと、長い間、死にたくてたまらなかったんだ。
 それなのに。
 気持ちを偽って、彼女を無理やり生かそうとすることも、何もかもが。
 ひたすらに虚しい。
 彼女は死を望んでいるのに。
 それを叶えることが、僕の使命で、彼女への愛を明かす唯一の手段だというのに。
 僕はひどく最低だ。
 死にたくてたまらない人間に生きることを強いるなんて、
 なんて残酷な人間なのだろう。
「いつか、私のことを殺せるくらいに愛してね」
 彼女は花のように優しく微笑んだ。
 そんな誘惑に対して、
「僕は、お前のことなんか、愛してやらない」
 残酷な嘘を付けるくらいに、狡猾な人間が僕だった。
「ひどい人」
 彼女はあたかも傷ついたような表情をした後で――微笑んで見せた。
「でも、いいもんね。私が絶対にあなたのことを、振り向かせてみせるから」
 そんなのは知らない。
 僕はお前を死なせない。
 この気持ちだけは、貫いて見せる。

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