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王道だけど、新しい。人気シリーズ立ち上げ作戦会議! 『勇者からは逃げられない』刊行記念【書店員座談会】

角川スニーカー文庫
角川スニーカー文庫
2025/10/29

 10月31日発売されたスニーカー文庫『勇者からは逃げられない』。連載している月額小説サービス、カクヨムネクストで絶大な人気を誇る本作は、何やら発売前に既に話題沸騰中! "王道中の王道が、1周まわって新しい" この作品の魅力について語る、ライトノベル棚担当の書店員さん2人と、作者の富士田けやき先生で行われた座談会の様子をお届けします。

アウトローな主人公ソロの魅力

――今日は、『勇者からは逃げられない』を刊行されたばかりの著者、富士田けやきさんと、日々さまざまなご本に触れていらっしゃる書店員のお2人をお招きしての座談会ということで、本書のご感想であるとか、広く届けていくためのアイディアなど、いろいろお話できたらと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
まずは、児島様と柴田様、自己紹介をお願いできてお願いできますでしょうか ?

柴田:千葉の幕張蔦屋書店でライトノベルを中心に、ゲームの攻略本とか画集とかも担当している柴田と申します。書籍の担当になって今4年目くらいです。書籍担当としてはまだちょっと歴が浅いんですが、自分でなにかお役に立てることがあればと思って、本日は参加させていただきました。

児島: 福岡にある未来書店香椎浜店でコミック担当及びライトノベル担当をしております、児島です。私も柴田さんと同じく、書店員歴は3年程度なので、まだいろいろと勉強中なんですが、できる範囲でお手伝いできればなと思います。よろしくお願いします。

――さっそくですが、こちらがお二人から寄せていただいたご推薦コメントですね。今回、『勇者からは逃げられない』を読んで、改めてのご感想をお伺いしてもよろしいですか。

富士田けやき(以下、富士田): お手柔らかにお願いします(笑)。

未来書店香椎浜店 『勇者からは逃げられない』紹介ポップ
未来書店香椎浜店 『勇者からは逃げられない』紹介ポップ

幕張蔦屋書店 『勇者からは逃げられない』紹介ポップ
幕張蔦屋書店 『勇者からは逃げられない』紹介ポップ


柴田: はい。ダークヒーロー的な主人公ソロのキャラクターがとてもよかったです。なんかこう、王道展開で予定調和的に進むのかなって思わせておいて、冒頭からいきなり、話の展開とか世界観の過酷さで裏切ってきて。こう来たら次はこうなるだろうなっていう予想にことごとく反して、話がスピーディに進んでいく。そこにすごく新しさを感じましたし、心に響いて、最後まで一気に読み進めてしまいましたね。

児島: もともとファンタジーは好きで結構読んできているんですけど、特に今回のような、ちょっと泥臭い感じのファンタジーが好きなんです。この『勇者からは逃げられない』は、すごく自分に刺さる作品で、仕事を忘れて楽しませてもらいました。僕も主人公の、一筋縄でいかない絶望を抱えたちょっとアウトローな感じが好きでしたね。ものすごく強い敵が次から次に出てくるんだけど、本来、ソロはそれに立ち向かえるようなパワーは持ち合わせていない。絶対勝てるわけないじゃないか、みたいなひりつくシチュエーションをちゃんと見せてくれる。最近ここまで容赦なくピンチに追い込まれる作品をあんまり見かけていなかったもので、新鮮でした。絶体絶命の危機に瀕して、でもそこからちゃんと巻き返してくる仕掛けが組み込まれているのも気持ちよくて。柴田さんもおっしゃっていたように、読者の予想や形勢をがんがん逆転してくるので、最後まで楽しく読ませていただきました。

富士田: ありがとうございます。

この本を売りたい!

――書店員さんとしては、店頭で新刊を並べて売ってくださる、というところから、さらに一歩踏み込んだかたちでコミットして、今回座談会にまでご参加いただいたわけですが。

柴田: 著者のかたと実際にこうしてお話をさせていただく経験は初めてなので、とても新鮮ですね。本が売れにくくなってきている状況のなか、できることがあるのであればもういくらでも、やってしまった方が得だよなっていう風に個人的には思っています。機会があれば、もういくらでもやれそうかな、って。

児島: 本当にそうですね。自分も、最初にお電話でこのお話を頂いた時は非常にびっくりしたんですけれども、新しいことをどんどんやっていくってことはすごく楽しいし必要なことだと思っていて、是非参加させてくださいってお返事をしたんです。気に入った作品はお客様にもたくさん手に取っていただきたいですし、書店としては、あの手でこの手で、やっぱりたくさん売りたいですから、試せるものは何でも試していきたいと思っています。

――富士田さんは、今回の新刊がそういった施策の1冊に選ばれて、プレッシャーを感じていらっしゃるかもしれないのですが(笑)、率直なところ、どんな感じでしょう。

富士田: いやもう嬉しいの一言に尽きます。書いても書いてもお金にならない期間が長すぎたので、まだこんな、売れてもいない作家のために、まずこうして人が集まってくださってるっていうこと自体、夢でも見てるんじゃないかって。

――それでもずっと書くことをやめずに続けていらして。

富士田: 本格的に小説を書き始めたのは社会人になってからですが、たまたま投稿サイトにアップした作品がランキングに入って、お、これはもしかしたらいけるかもしれないぞっていう風になってからも、4~5年ぐらいはほんとに1円にもならずに、ひたすら書き続けている日々でした。6年前に、初めて書籍化のお声かけをいただいて意気込んだものの、それが早々に一巻打ち切りという残念な結果になって、苦汁をなめたんです。ただもう、ここで諦めちゃったらおしまいだ、としがみついて今に至るというか。誰にも頼れず、1人でやってきた時間の方が圧倒的に長いですし、読者の感想も、もし悪口を書かれていたらと思うと直視できないガラスのハートなもので……(苦笑)。それが、今回、皆さんにこうして面白いと言っていただいて、本当に幸せだなって思うのと同時に、さすがにそろそろ、襟を正して結果を出していかなくちゃな、と背筋が伸びる想いです。

――こういったシリーズ立ち上げのタイトルを仕掛ける際に、書店員さんが心がけていらっしゃることって何かあったりするのでしょうか。

柴田: うちの店舗は、幕張メッセの隣という立地の特性上、平日よりも週末とか祝日で一気に売上が伸びるタイプの書店なんです。そうなると、お客様も常連さんよりは新規の方が多い。特にライトノベルって年齢層もある程度固定されているので、うちの場合はロングランをずっと押し続けるよりは、新刊をなるたけ面陳にしたり、これからの期待値の高い作家さんをピックアップして拡材とかサイン本を置いたりして展開することが多いです。ちょっと乱暴な言い方をしてしまうと、ロングランは何もしなくてもある程度売れていく場合が多いけど、新しい作品は置いておくだけではまず動かない。だったら、今そこに注力することで、今後のライトノベルとしての売上にもつなげていけるのかなっていう風に思ってやっています。

児島: 当店は逆に、住宅地のなかにあるので、平日でも常連のお客様が多い店なんですけれども。結構家族のお客様が多いので、ライトノベルに特化させていくことは難しいんですが、メディア化作品をある程度押しながら、でもそれだけだと独自性も出せずにもったいないので、新しい賞を取った作品だとか、話題作、注目作、そういった、版元さんで拡材を用意していただけるものをメインに押しだして、エンド展開をしてますね。今回は、カバーもtoi8さんということで、同じスニーカー文庫の話題作『誰が勇者を殺したか』との合同ポスターなども制作されると伺っているので、あわせて展開していければなと。

――ご自身の書かれたキャラクターがこうしてtoi8さんの手になるイラストとして現れてくるのをご覧になって、富士田さんはいかがでしたか。

富士田: いやあ、やっぱり何度見ても、いいものですね。小説を書きながら、頭の中になんとなくのふわっとしたイメージはあるんですけど、プロのイラストレーターっていうのは常にその想像を超えてきてくれる。やっぱりプロってすごいなって思いながら、1ファンとして、楽しませてもらってますね。ありがたいです。


王道中の王道が、1周まわって新しい

――これまで店頭での施策のお話を伺ったんですが、富士田さんには、読者の方に向けて中身のお話も少しお伺いできたらと思うのですけれども。そもそもどういう発想から本作を書き始められたんでしょう。

富士田: カクヨムネクストというサービスが新たに立ち上がる、ということで、連載のオファーをいただいたのが発端です。せっかくのお声がけなので、ぜひ挑戦してみたい。そこで何を書こうかと考えたときに、媒体がカクヨムなので、やっぱりファンタジーが強いだろうなって。その時思い浮かんだのが、勇者が丘の上に刺さっている剣を抜いて英雄になる、みたいな王道をいくイメージでした。これは『アーサー王伝説』をはじめ、もうこすられすぎて、今や誰も触れてない空白地帯だなって思って。じゃあそこにちょっと意外性を持たせたら、一周まわって案外新しい形になるんじゃないかなっていうところからスタートしました。

児島: 王道だけど、新しい。聖剣のトロ助が、結構くだけた言葉、それこそ「無課金モード」とか平気で言っちゃうところとか、地味に結構気に入ってます、はい。あとは、日常が地獄絵図に変わって、ドラゴンが襲ってくる、たしか2章の終盤あたりでしたかね、黒天のフェルニグが出てくるシーンで作品の空気がガラっと変わる。あ、やばいのがやってきたなってのが、もうそのページ読んだだけで分かって。そこからソロがシュッツに抱えられて逃げていくまでの流れは、いかにも、ここから本格的に物語が始まるんだっていうワクワク感があって、とても好きでした。そういうシリアスな展開の後、ソロとソアレが夫婦漫才みたいにずっと喧嘩してるところとかも緩急があっていいですよね。そこにヴァイスも加わって、3バカトリオじゃないですけど、この微笑ましいやりとりとか、もうめちゃくちゃ好きですね。

柴田: ソロのキャラクター性、本当にすごく新鮮ですよね。ぬすっとで詐欺師で犯罪者。それが勇者になったら、やっぱこうなるよね、というのが綺麗に落とし込まれている。物語の流れとしても、騙し騙され、意表を突きながら、本当に面白くて。ラストバトルなんかも、ものすごく緊迫していながらどこかちょっと気が抜けていて、そのバランスが絶妙でした。

富士田: ありがとうございます。元々、構成はわりと得意な方なんですが、一方で自分の書くものが商業のラインになかなか乗っていかないのは、どこかに弱さがあるからだと常々思っていて。だから今回、キャラクターを褒めていただけたのは、とてもうれしいですね。キャラクターだったり設定だったり、どうしたら引きがあるものを作れるのかっていうところを、個人的にも勉強していたので、もしそれが生かされているのであれば、少し勇気づけられます。

柴田:続きが気になりすぎて、ネクストのほうにも手をのばして読み始めたところです。

富士田:もしシリーズとして、2巻、3巻と続けていくことができれば、この先、WEBと書籍で展開を分岐させていく予定です。ネクストで課金していただいているのに、さらに書籍まで買ってもらうためには、僕の方としても付加価値になるような仕掛けを考えなきゃな、と思っていて。ちょうど、別の着地アイディアもあったので、だったらもうエンディング自体変えてしまって、WEBと書籍、別ルートっていう形にしてしまえばいいやって。

児島:それはすごい。ちなみに読者層みたいなものは、書きながら意識されているんですか ?

富士田: なるべく広い層に受けるような形、男性女性問わず、できるだけ広いところにリーチしたい、という思いはあります。それは今回の作品に限らず、自分の作品全体通してのテーマと言いますか。作り手側としては、絞った方が楽ではあるし、戦略的にもできるんですけど、それをしてしまうとあまり伸び代がないような気がしていて。ただ、世代ごとにギャップがあったり、不快感をもよおすようなところは、なるべく排除してフラットになるように、というのは心がけてますね。

――お話を伺ってると、著者・版元・書店、それぞれの”届けたい想い”が重なりあって、こういう機会に会話が進んでいくのはすごく面白い試みですね。

柴田: まだ1巻も発売前ですけど、この先2巻3巻っていう風に作品が続いていったら、うちの店ではずっと展開をさせていただきますし、書店として力になれるようなことがあるのであれば、これからもいくらでも協力させていただきます!

児島: 僕も、最初は軽い気持ちで読みはじめたものの、気づけば仕事を忘れて没入して、今ではすっかりファンになってしまったので、刊行のあかつきにはずっと長く置いて、たくさん売れるように展開していきたいなと思っているところです。今回は本当に、こんな貴重な機会をいただき、ありがとうございました。長く愛される作品になっていくように、こちらも店頭でできることは最大限やっていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

富士田:本当にありがとうございます! 頼りにしてます!

取材:おーちようこ/文:カクヨムネクスト編集部

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