担当編集者に、本作の魅力や戦略の意図などを聞いてみた
――新作ながらに力の入った展開や仕掛けを数多く行っている『さよなら、英雄になった旦那様』ですが、担当編集者としてどのように向き合っているのか、お聞きしたいと思います。まずは担当目線での本作の魅力、オススメポイントをお聞かせください。
本作の中心にあるのは、「祈り」という一見非力な行為が、どれほど人を支えているのか――というテーマです。
主人公のフローラは、戦場に立つことも剣を振るうこともできない女性ですが、彼女の“祈る”という想いが、やがて多くの人々を動かしていきます。派手な戦闘やスキルの力ではなく、人の優しさや願いが積み重なって生まれる奇跡。その静かな力こそが、本作ならではの温かさであり、確かな強さです。
今では多くの物語で“魔法”は当たり前のように描かれますが、その始まりを辿れば、「こうあってほしい」と願う心や祈り――つまり、奇跡を望む力から生まれたものではないでしょうか。本作の世界では、“魔法”はまだ特別な存在です。誰かを想う純粋な祈りが、やがて奇跡として形になる。そんな“魔法の原初”ともいえる姿が、ここには描かれています。初めて読んだとき、その発想と優しさに強く惹かれたことを覚えています。
そしてフローラという主人公は、昨今多く見られる“前向きで芯の強い女性像”とは少し異なります。彼女は離縁を告げられ、言葉にできない空虚さを抱えるごく普通の女性です。優しい言葉をかけられれば涙してしまうような繊細さを持ちながらも、「祈るだけの役立たずな妻」から抜け出そうと、自分なりに歩みを始める。大きな力で道を切り開くタイプではありませんが、迷いながらも前へ進み、やがて仲間たちにとって“なくてはならない存在”へと成長していく――その過程にこそ、彼女の本当の強さがあります。等身大の弱さを抱えながらも、確かに前に進むフローラの姿には、きっと誰もが共感できるはずです。彼女が見せてくれる“優しさの強さ”は、現実の私たちにも静かに寄り添ってくれるような力を持っています。
――遠雷先生からのお話でも伺いましたが、本作は様々な取り組みを行っていますね。その仕掛け(戦略)について、狙いや意図、あるいはこだわりがあればお聞かせください。
本作はWebで完結している物語をベースに、加筆・再構成を行い、2巻分で物語全体を描ききる構成にしています。作品の性質として、冒頭から終盤まで一つの連なった大きな物語として展開されることを考慮し、読者の方が間を空けずに最後まで物語を楽しめるよう、2ヶ月連続刊行という形を取りました。物語の流れに途切れを作らず、読後の感動を最も鮮やかに届けられるタイミングを意識しています。フローラの“祈り”がどんな形で報われるのか、その結末までをぜひ一気に見届けていただきたいです。
また、1・2巻のカバーイラストは並べると一枚の絵として繋がる仕様になっています。これは、作品の群像的な魅力、そしてフローラが歩んできた旅路と、そこに関わる多くの人々を可視化したかったからです。
イラストを担当してくださったとき間先生には、長期のスケジュールにもかかわらず快くお引き受けいただき、作品の空気感と登場人物たちの想いを見事に描き出していただきました。多くのキャラクターが一堂に描かれた構図には、それぞれの祈りが重なり合うような温かさがあります。
2冊を合わせた一枚絵が本当に素敵なので、ぜひ皆様にも2冊をご自宅で並べてみていただきたいです。
さらに、コミカライズの連載を原作小説1巻の発売と同時に開始しています。これは本作の世界観の温かさやキャラクターたちの魅力を、より広く、直感的に感じていただきたいという思いからです。漫画版は講談社の月刊シリウス編集部様と進む先生に制作いただいており、どちらにも本作を大変気に入っていただきました。
進む先生の原稿を見るたびに、毎度遠雷先生とともに感嘆してしまうほど完成度が高く、細部までこだわり抜かれています。小説と漫画、それぞれに異なるアプローチの魅力があり、同じ物語を“二つの形”で味わえる作品になっています。ぜひどちらかだけでなく、どちらも楽しんでいただけたら嬉しいです。
個人的にコミカライズ版でお気に入りの点は、進む先生が漫画版で追加いただいた細かな“笑い”の要素です。これによって、さらにキャラクターとその関係性をうまく表現いただいていて、今でも見返す度にくすっと笑ってしまいます。
――最後にこの記事をご覧になっている読者へ、メッセージをお願いします。
この作品は、女性主人公の作品で、タイトルとしても序盤の展開としても、一見Web小説のテンプレ通りの作品にも見えるかもしれません。しかし、読んでいただければすぐに、この作品ならではの空気感とオリジナリティある展開を感じられるはずです。
居場所を失った心優しい女性が、物語を通してどのように立ち直っていくのか。どのような人々と出会い、どのように過去に因縁をつけるのか。ぜひ2巻分で描かれる彼女の旅路を楽しんでいただけたらと思います。
そして、この物語は、「誰かを想う力の強さ」を描いた作品です。カバーイラストに登場するような、物語の中心的キャラクターだけでなく、物語に数多く登場する名もなき人々の想いや優しさによって人々は支えられている。そんなことを読後に感じていただけたら、これ以上なく嬉しいですね。
最後になりますが、フローラの祈りがどこかであなたの心にも届くことを願っています。
取材・文●大竹卓
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さよなら、英雄になった旦那様~ただ祈るだけの役立たずな妻のはずでしたが・・・・・・~ 1不死魔獣との苛烈な戦場で、聖剣を手にし、聖騎士として覚醒したエリオット。王国の英雄となって帰還した彼が妻フローラに突きつけたのは――離縁状だった。
「戦場でそばに寄り添い、支え続けてくれた聖女を愛してしまった」
そう告げる夫の言葉に、フローラはただ静かに離縁を受け入れる。安全な王都でただ祈ることしかできなかった自分には、彼の隣に立つ資格などなかったのかもしれないと思って。そうして彼女は王都を去ったのだった。
だが、その日を境にエリオットの聖剣は陰りを見せ始めて――。
一方、すべてを失ったフローラは、旅の中で一風変わった人々と出会い、自分の居場所を見つけ始める。やがて彼女の祈りは、女神の加護をいただく祝福となり、仲間を護る奇跡となってゆく。発売日: 2025/10/24MFブックス
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