執筆合宿においてもっとも重要なこと。【どんな場所でも小説は書ける #03 執筆合宿】
今回は、小説家・春海水亭さんによる大実験? 既存の常識を塗り替える! 新進気鋭の物語が始まる!! ような予感がするコラムをお届けします。WEB文芸界のさいはての地、何が飛び出すか……!
春海水亭 #03
どんな場所でも小説は書ける
「執筆合宿」
皆様、こんにちは春海水亭と申します。
少し前の話になりますがXのアカウントを親に無言でフォローされていることに気づきました。もうTiktokのヤバそうな動画でも見ててよ。
とうとう三回目の掲載を迎えた今回の記事でも、創作に携わる皆様に有益な情報を伝える――ということはおそらくないでしょう。
こちらとしても誰かに何かを与えるために書いているわけではありませんし、今この文章を読んでくださっているあなたも何かを得るために読むべきではありません。私もあなたも互いに何かを失いながらこの文章に関わっているんです。私の人生みたいですね、この私も最初は誰かに何かを与えたかったと思っていたはずなんです。助けてくれ。
執筆合宿ってどんなもの?
それにしても最近はメクリメク――もとい、めくるめく季節の移り変わりに、翻弄される日々が続いています。少し前までは日の出前が一番散歩にちょうどいい気候だったので、夜中に家を出て、日の出頃に家に帰るような散歩生活を送っていたのですが、気がつくと午前中でも昼でも平然と出歩けるようになり、そして最近では天候が悪すぎて外に出歩くことすら難しい日が続いています。私の住んでいる――まあ、県名といえど、具体的な名前を出すのは良くないので、仮にふわふわパンケーキ王国県としますが、そのふ国県には「弁当を忘れても傘は忘れるな」という言葉があります。その本領発揮という感じです。あまりにも夏が長いせいで、私は自分の住んでいる場所が太陽から見放されていることをすっかりと忘れていました。おまけに寒い。さらっと初雪も降りました。助けてくれ。
そういうわけで、外出頻度は減少、執筆場所も固定され、ネタも完全消滅――という感じになりそうだったのですが、小規模なものでは執筆場所を居間から時たま、自分のベッドに移すようにしたり、あるいは大規模な移動があったので高速バスや新幹線での執筆を行ったり、授賞式の待機時間で執筆したりしてたので、撮れ高ならぬ書き高があるかはかなり微妙なところですが……あと三回ぐらいはなんとかなりそうですので、それで時間を稼ぎつつ、第七回で自然に異能バトル編に突入出来るように布石を張っていくのが、今後の方針となっていきます。あるいはもう私の自宅に週間ペースで新しいヒロインが訪れるラブコメとかも良いかもしれません。これ、コメディどころかラブの要素も危うい可能性がありますね。
さて、私を散々に悩ませていた今後の展望も決まったところで、今回は以前に参加した二回の執筆合宿の話をさせていただこうと思います。
まず、執筆合宿とはなにか――文字通り、執筆をする合宿のことで、特に裏の意味とかはありません。自主的なカンヅメと言い換えることが出来るかもしれません。この場合のカンヅメは文字通り、金属の缶に入った食べ物ではありません。裏の意味です。創作者を作品が完成させるまで旅館とかに閉じ込めておく、ぐらいの意味として捉えておいて下さい。
一回目ですが、ビジネスホテルを利用したものです。
当時、登録していた旅行サイトから二千円分のポイントに加え、クーポンまで貰ったので、誘惑の多い自宅から離れていっちょ気合を入れて執筆しようと思い立ち、徒歩で移動できる範囲のビジネスホテルを一泊二日で予約して、パソコンだけ持って泊まりました。
素晴らしい環境と言えるでしょう。
柔らかく清潔なベッド、電気代のことを気にせずに好きに操作できる空調、備え付けのテレビから見ることが出来る豊富な配信動画、大浴場にはサウナも完備されています。 というわけでサウナで整い、ベッドでごろごろとくつろぎ、配信されているお笑い動画を見て、近所のコンビニとファストフード店で買った食べ物でジャンクながらも豪勢な夕食を終え、まだ作業を始めず、動画を見ながらぼんやりとし――気づいたら、朝食バイキングの時間になっていたら、白紙の原稿の完成です。
勿論、執筆合宿と考えれば完全敗北です。
しかし、このホテルでは朝食バイキングにとんかつがでてきます。
とんかつには勝つという言葉が含まれるので、ギリギリ勝利といえるでしょう。更に大抵の朝食バイキングの例に漏れず、そのホテルではカレーも提供されていました。つまりカツカレーが作れるのです。確かに原稿は白い――しかし、白い皿の上に載ったカツカレーは間違いなく私の創作物なので、これはもう勝利と言えるでしょう。そういう言い訳を積み重ねた結果、こういう人間になったのですが、今となってはそういうことを気にしても、もう遅い! ので、このまま突き進みますね。皆さんもついてきて下さい。えっ、俺社会から追放されちゃうんですか?
一応、この記事はどんな場所でも小説は書けるというタイトルなので、小説は書けなかったけど、カツカレーは作れました。めでたしめでたしという文章で終わるわけにはいきません。いや、そもそも第一回とか、こんな場所じゃ書けねーよ! みたいな話だったので、もしかしたらこれで終わっても良いのかもしれませんが、成功例の方も載せておきましょうか。
二回目の執筆合宿でやらかした話ししてもいいですか?
さて、まずは検索エンジンに執筆合宿ないしは創作合宿、あるいはカンヅメなどの文字列を打ち込んで見て下さい。創作者向けにそういうプランを提供しているいくつもの宿泊施設を見つけることが出来ます。私がそういうものを知ったのは執筆合宿のレポだったでしょうか、あるいは広告だったでしょうか、いずれにせよ、私はビジネスホテルでの執筆合宿に懲りることもなく、時折そういうワードで検索しては執筆合宿に対する憧れを滾らせていました。執筆というよりもそういうプランに対する浪漫を感じていただけの可能性もあります。当時の文豪みたいで良いですよね。
と言っても、一度は行ってみたいものだなあと思いながら、具体的に計画立てるわけではありません。思うだけでした。沖縄とか北海道とか、そこらへんの観光スポットを見るのと同じような気持ちでしょうか。行きたいなあと思っていても、現実的な面倒くささのために、実現には移さない。執筆合宿というものは私の中でそういう箱に入れられていました。
というか――私の住むパ国県からそういうプランがある施設に行った場合、交通費だけでも基本的に二~三万円強になるので、それだけ交通費を払ったら流石に遊びたいじゃないですか。というか大半の文章が仕事と直結してるせいで、金払って仕事する感じになってしまうんですね。そういうところでも抵抗感がありました。
まあ、そういうわけで行きたい気持ち一割ぐらいで、今年(令和七年)の七月に旅館の宿泊合宿キメてみたいなあ。みたいなことをXで呟いていたらフォロワーからダイレクトメッセージで「行く?」みたいな提案と、具体的な日程が提示されたので、あれよあれよという間に九月に行くことが決定しました。
いざ、行くことが決まってみると面倒くささや抵抗感は一切消えていました。実際の宿泊に伴う手続きは全部フォロワーがやってくれたので、実作業に伴う面倒くささがなく、現実味が存在せず、ただ旅行に伴うワクワクだけがあったのが良かったのかもしれません。もし、これを一人で再現するとしたら泥酔した状態で宿泊の予約を入れて、頭から現実感を無理やり消す、などになるでしょうか。
そういうわけで九月になり、執筆合宿に出発です。
ふパ県から、新幹線に乗り込もうとして――気づきます。
ノートパソコン、スマートフォン、お気に入りの本、資料、着替え、キーボード、イヤホン、マウス――無い。鞄の中を弄っても、ノートパソコンのためのACアダプタがありません。ACアダプタというものは要するにノートパソコンに電気を供給するためのもので、それがなければ、一応元々の充電分で数時間ぐらいは保ちますが、二泊三日の執筆合宿中に数時間だけ動くノートパソコンを持っていったところでどうしようもないので、この執筆合宿は開始前から終わりです。せめて家を出る前に気づけたら良かったのですが、新幹線に乗る直前に気づいてしまったので、終わりです。今更戻るわけにも行かないので、馬鹿を乗せた新幹線が動き出しました。世界は馬鹿に時間を合わせてくれないので定刻通りの発車です。良く晴れた空の下、新幹線が走ります。
何のために新幹線に乗っているのでしょうか。
目が覚めたら全てが夢であることを祈って、意識を失ってしまいたいところでしたが、そういうわけにもいきません。幸いなことにこれから私が向かうのは東京です。そこを経由して執筆合宿プランのある旅館に移動するのですが――幸いなことに、新幹線の切符は取っていても、そこから先の交通手段は未定ですので多少は遅刻するでしょうが、リカバリーが効きます。
まず、東京駅周辺の電気屋さんを探します。幸いなことにすぐ近くに見つかりました。次に、電気屋さんに寄った時間を考慮しての交通時間を調べます。電車移動での予定でしたが、バス移動になりそうです。本数が少ないので逃すと大遅刻になりますが、なんとか間に合いそうです。
というわけで予定通り東京駅で降り、広い広い広い道わからん道わからん道わからんなん!? あっ、電気屋が近い! 看板見えた! 行ける! 行ける! 行ける! 間に合う! と、普段は上野駅で降りているために数年ぶりの東京駅の広さに混乱しながらも無事に電気屋に辿り着きました。早速店員さんに尋ねます。
「ACアダプタは置いてないですね……」
早速終わりました。助けてくれ。
「ただ代替商品として……」
なんかスマホの充電器をPC用充電器に変換できるケーブルを勧められたので、なんとか始まりました。ノートパソコンに無事に装着出来ました、まだ執筆合宿は終わっていません。そもそも旅館に辿り着いてすらいません。始まってすらいねぇ。
私は東京駅からバスに乗り込み、執筆合宿のある旅館へと向かいました。
雰囲気のある良い旅館です。既に部屋に入っていたフォロワー二人がカードゲームで遊んでいます。僕は昔そのカードで遊んでいたのですが、今は完全に離れてしまっていたので、そこはかとない疎外感を感じますが、そんなことを気にしている場合ではありません。早速ケーブルをセットし、充電器をコンセントに挿入! 充電出来ない! 繰り返しても駄目! 最寄りの電気屋まで数時間! 電車の本数は少ない! そもそも執筆合宿の交通費と宿泊費でただでさえお金を持っていかれているのにまた充電器買うんですか!?
というわけで、私の執筆合宿レポはこれで終わり――となる予定だったのですが、部屋にたまたま備え付けのパソコンがあったので、それで作業を行うことで、なんとかなりました。これが創作なら、大変に酷いオチなのですが、現実はアホみたいなやらかしをした結果、本当にたまたま助かることもあります。
進捗としては二泊三日の内、最初の一日はサボって、残り二日で約二万五千文字といったところでしょうか。作業に集中できる環境というだけでなく、周囲が作業をしているために、自分もサボり辛く、また監視の目もあるために強制的に原稿に向かわされたのが功を奏したと思います。執筆合宿は施設それぞれで特色があるかと思われますが、どのような環境でも作業熱心な友人、そして自動的に用意される食事と風呂によって創作が生活によって妨げられないことは執筆の一助になると思われます。
というわけで――大抵の創作者には現実のことを忘れて、ただ執筆だけに集中したい、みたいな欲求があると思われますが、そういう場合は合宿プランを利用してみるのも一考かもしれません。調べてみれば案外近い土地にあるかもしれませんしね。
そして、この記事を読んだ皆様も執筆合宿においてもっとも重要なことに気づかれたかもしれません。それは執筆に対する熱意でしょうか。情熱を共にする同士でしょうか。あるいは快適な環境でしょうか。いいえ、違います。
忘れ物をしない。
この記事を書いたのはこの人
幼い頃に『ひと』と言う文字は人と人とが支え合って出来ているんですよ、という教えを受けたことがあるが、今思い返すとその文字はどう考えても『人』という文字ではなく、人と人とが喰らいあっているような姿にしか見えなかった過去を持つ。
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