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ゴザとかシートとか、そういうものはありません。 【どんな場所でも小説は書ける #01「河川敷」】

2025/09/10
河川敷
 KADOKAWAの小説投稿サイト「カクヨム」と「メクリメクル」のコラボ連載「ざわつく空籠城 ~カクヨムBuzz作家達の制御不能コラム~」が始まります。「カクヨム」ではやや異端の存在であるBuzz作家の皆さんが、「メクリメクル」に出張、“雑文”コラムを展開していきます。WEB文芸界のさいはての地、何が飛び出すか……!
 今回は、小説家・春海水亭さんによる大実験? 既存の常識を塗り替える! 新進気鋭の物語が始まる!! ような予感がするコラムをお届けします。

#01 どんな場所でも小説は書ける
河川敷

 皆様、はじめまして。
 私の名前は春海水亭と申します。つい最近諸事情で預金の四割ほどが消えました。
 「小説家」――と名乗りたいですが、小説空地的な存在です。まだ「家」は建ちません。着工の気配すら見えません。そもそも土壌が腐っている可能性があります。その場合は大変に悲しいことです。
 さて、家といえば皆様――主に小説を書かれている皆様はどうでしょうか、家での作業は捗っていますでしょうか。
 私はといえば、六月下旬にエアコンが壊れたので、八月六日にエアコンが取り付けられるまで、扇風機一つでなんとか頑張りましたが、七月の作業はとても捗ったとは言えません。暑いというのは辛いことです。寒さに対して着込むことはできても、人間は裸以上に脱ぐことはできないのです。死んでしまいます。

 そうでなくても、家というものは魅力が多いものです。
 ちょっと仮眠と思って布団に寝転がって気づけば朝、ゲームで遊ぼうと思って気づけば敵とともに作業時間は消し飛び、軽い気持ちで漫画を開けば、気づけば作業意欲が消し飛んでおり、テレビをつければ各放送局だけでなく、サブスク配信まで見れてしまいます。そもそもあなたが作業に使うパソコンやスマートフォン、タブレットといった道具はインターネットという人類からもっとも時間を奪った存在につながっています。するべきことを放り投げてXをやっていませんか? Youtubeを見ていませんか? Tiktokに無限に時間を吸われてはいませんか? 母親のスマホから聞こえてくる明らかな詐欺広告の声に若干の恐怖を覚えてはいませんか? ニコニコ動画を見……るのはまぁ、いいとして……カクヨム……はチェックしても良いものとして、BOOK WALKER……はオトクな電子書籍サイトだから良いものとして……メクリメクル……はこれからお世話になるから良いものとして、睡眠、ゲーム、漫画にテレビにインターネット、そういうものが貴方の作業意欲を削いでしまうのです。
 KADOKAWAのコンテンツ以外は!!!

 というわけで、ここからが本題になります。
 誘惑の多い家を出て、外で作業をしてみませんか。
 ファミリーレストランであったり、電車移動中であったり、ホテルの一室であったり、図書館であったり、あるいは公園などの野外であったり、普段と環境を変えて作業をしてみるというのは、気分転換にもなって良いものですよ。かちもありますよ。
 このエッセイはそういう家の外で小説を書いてみるというだけのものです。

 というわけで今日は河川敷へ向かいました。

 川の流水幅は四十メートルと、そこそこ大きく、流れもなかなかに急なので逆せせらぎ(川を流れる巨大な音)が絶え間なく聞こえます。
 出発時刻は夕方の四時頃でした。
 日も落ちてきて気温的にはちょうど良い頃合いのはずです。一時間ほど歩いたのですが、汗一つかかず……ということもなく、背中に汗がじっとりと滲んでシャツを濡らしていました。コンビニで買った冷たいミルクティーはすっかりとぬるくなっています。死体を指してすっかり冷たくなってしまったという表現をしたことが何度かありましたが、私はその生ぬるさにアイスミルクティーの死を感じました。

   しかし、まぁ日中に比べればだいぶマシです。
 日中は野外作業どころか、ちょっと外を出歩くだけで命の危機を感じますが、夕方にもなると陽射しから死を感じることもなく、涼しい風も吹いてきて、本来あるべき正しい夏を感じるようです。

 というわけで作業を開始しましょう。河川敷の芝生に腰掛けます。ゴザとかシートとか、そういうものはありません。直です。

 今回作業にはChromebookを使用します。
 ごく簡単に言うとパソコンの形をしたスマートフォンのようなもので、物理的に非常に軽いので持ち運びやすいという長所があります。リサイクルショップで一万五千円で買ったものだったので購入当初はかなり動作が不安定でしたが、今ではすっかり落ち着きました。そういうものって動物だけじゃなくてパソコンにもあるんですね。
 河原にWIFIはなく、私のChromebookではモバイルデータ通信もできないので、自分が今使っている道具で急にソシャゲをしたくなっても大丈夫です。できません。

 ちなみに波の音はお好きでしょうか、一応作業用BGMは用意して来ているのですが、逆せせらぎは波の音に似た雄大な響きで非常に聞き心地が良く、ただ流れてくる音に身を任せるだけで、うっとりとしてしまいます。穏やかな気温、涼しい風、逆せせらぎ、柔らかな芝生――別に寝っ転がったって誰にも文句は言われないので、眠るための準備は整ってしまいました。何故、このような場所で作業なぞしなければならないのだ、とも思いました。恐ろしいことです。

 私は気合を入れ直し、キーボードを叩きます。
 蟻がChromebookを這い上がりました、大丈夫です、問題はありません。
 そのぐらいはよくあることです。

 パチパチと然程早くもないペースで文字を打ち、ふと手を止めて横を見ました。
 芝生の中に、ダニらしきものが見えました。

 あ、駄目だ。ダニは駄目だ。
 ダニはマジで不味い。


 私は急ぎ、エコバックにChromebookを突っ込むと、その場を去りました。おそらく二十分も経っていなかったと思います。
 河川敷は駄目でした。かといってこのまま家に帰るわけにもいきません。
 いや、正確に言えば駄目ということはなく、いやー河川敷でなんかやろうとしたんですけど、無理でしたわ。終わり。でこの記事を終えても良かったのでしょうが、第一回の記事からそういうわけにはいきません。本格的に手を抜くのは第二回からにしようという強い思いが私にはありました。第三回ではコピペと!を多用するつもりでいます。おそらく、第四回はないでしょう。

 私はこの河川敷を上がったすぐそばにある森へと向かいました。WIFIのない森です。森のベンチに腰掛けてキーボードを打つというのも絵的にはそんなに悪いものではないはずです。

 森に入った瞬間、久しく聞いていない蝉時雨が聞こえました。
 私の住む街の中から消えて一匹だって鳴いていなかった蝉は、ここで命の唄を歌っていました。
 作業を始めるのに蝉時雨がうるさいということはありませんでした。静寂が蝉時雨の形を取っているだけ――そう思えるほどに蝉時雨は自然に私の耳に馴染みました。

 書ける。書けるのだ。

 私は気合を入れ、牛歩の進みでぺちぺちとキーボードを叩きました。
 自称の気合なんてそんなものです。作業が進んでいるだけマシです。私は家では何もしません。Xか2048というパズルゲームだけをやっています。

 ぺち、ぺちぺち、ぺちぺち。
 弱々しくキーボードを叩いていると、突如私の脚に違和感を覚えました。
 手が動いたのは頭がそれを覚えていたからではなく、身体がそれを覚えていたからです。考えるよりも早く、私は自身の脛を叩きました。
 自身への攻撃もむなしく、それはぶうんと飛び去っていきました。
 蚊です。もしかすると、蝉だけではなく蚊も私の住む街から消えていたのかも知れません。今年はじめての痒みでした。せっかく外に来たというのに、夕方のちょうどいい気温以外の全てのものが私に牙を剥いています。

 しかし、私は作業を続けました。
 ダニは本当に恐ろしいですが、蚊はギリギリで我慢することが出来ました。
 とっとと帰りたい、その気持ちが私の脳をフル回転させ、指の動きを加速させます。

 とにかく、とっとと帰りたい――その気持ちは私が家で作業をしていては絶対に思うことのなかった感情でしょう。

  森での作業時間は一時間ほどでだったしょうか。
 プロット二本完成――作品の完成ではなくて恥ずかしい気持ちはあるのですが、私はプロットづくりが非常に苦手なので、私にしてはという感じになってしまいますが、それはかなり立派な戦果でした。

 というわけで、今日の執筆はこれまでにしておきましょう。
 お付き合いいただきありがとうございました。



この記事を書いたのはこの人

春海水亭
春海水亭

幼い頃に『ひと』と言う文字は人と人とが支え合って出来ているんですよ、という教えを受けたことがあるが、今思い返すとその文字はどう考えても『人』という文字ではなく、人と人とが喰らいあっているような姿にしか見えなかった過去を持つ。
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