『ようこそ実力至上主義の教室へ 3年生編2』先行試し読み 3/3
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先頭を歩いていた島崎は真っ直ぐケヤキモールに向かう。到着すると入口に設置された傘袋スタンドに傘を差し入れ、手を引き袋に傘を収納した。オレたちもその行動を真似してからモール内に。そしてその足で本屋に着くと、そこでやっとこちらを振り返った。
「本屋じゃん。寄り道か?」
呟く吉田に言葉を返すことなく島崎は入店し、迷わず向かったのは学参コーナー、つまりは学習参考書の陳列されたコーナーだった。
「俺が綾小路を連れて来たかったのはここだ」
ちょっとした寄り道ではなく、どうやらここが目的地、その終着点らしい。
「普段どんな参考書を使ってるのか、どんな勉強をしているのかを教えてくれ」
その言葉を受けて、ようやく島崎の相談内容が見えてきた。
「そういうことか」
「前回の特別試験の結果を見て、おまえが俺より上にいることは分かった。別に今日明日でそのレベルに追い付けるとは思っていない。ただ、だからといって追いかける気持ちを失うつもりはないからな」
塾の話をした時にオレを軽く睨んだのも、無意識なライバル心からだろう。
少しでもオレの学力に近づくために、より効率的な学習スタイルを身につけたい。
そんな島崎の強い意志は強く伝わってきた。
「教えてやれよ綾小路」
橋渡し役になっている吉田からそう催促されるが、オレは口を開かない。
というより開けないと言った方が正しい。
希望を叶えてやりたい気持ちは山々だが、その答えを持ち合わせていないためだ。ほとんどの高校生が現在進行形で未知なる勉強に取り組み学習している中、オレは幼少期にその過程を終えてしまっている。今行っている勉強は、学習ではなく完全な復習であるため、期待している回答を用意してやれないのだ。
「おい綾小───」
「いいんだ吉田。流石に、簡単には教える気になれないってことだろう」
オレの無言に対して、島崎が眉を寄せつつ言う。
「おまえが独自に身につけた学習法だ、それをタダで教えてもらおうとは俺も思ってない。必要ならプライベートポイントか、あるいは他に望むものがあれば───」
何とか秘密を知りたいと思い、交渉を始めようとする島崎の言葉をオレは遮る。
「今日の相談事がオレに解決できる問題だったら、協力は惜しみなくするつもりでいた」
「───でいた、か。勉強に関しては企業秘密ということか? それとも、もっと大きな見返りが必要か?」
「いや、見返りは何もいらない。そもそも島崎の学力が上がれば、それは当然クラスの底上げと貢献に繋がるもの。それで十分見返りは得られることになるからな。それにこの先、島崎がどれだけ学力を伸ばそうが困ることがあるわけでもない」
出来るだけ理解してもらえるよう説明するが、簡単にはいかないだろう。
「なるほどな。一応理屈は分かった。だが、それでも教える気があるようには見えないのは……万が一にも俺に追い付かれることだけは避けたいと考えている、ということか?」
「それもない。体裁を気にしていると考えているのなら見当違いだ。別に一番を誇示したいわけでも、そうありたいわけでもないからな」
この学校には、様々な分野でオレより上の生徒は確実に存在する。
そうあって欲しいし、またそうでなければならない。
勉強の分野でもオレを越えてくるなら、それを見せてもらいたいと思っている。
「そこまで言うんだったら使ってる参考書を教えてくれ。それから、普段の勉強法や時間の使い方なんかも細かく教えてもらいたい」
こちらの全てを分析する。そんな気概と共に遠慮することなく問いかけてきた。そしてこうも補足する。
「もちろん効果が無かったからといって絶対に責めたりはしない。単純にその方法が俺には合わなかっただけだと割り切るから安心してくれ」
勉強に対し、真摯に向き合う姿勢は本物のようだ。
そしてそれに便乗するように、吉田も島崎の横に立つ。
「あ、一応俺にも教えてくれ。効率よく勉強できるなら真似するからさ」
どうしたものか。軽井沢に対して施したような一般的な勉強法、クラスメイトに接する普通の学生らしい教え方は島崎や吉田のような高いレベルの生徒には向かないだろう。
かといって今のオレが考えている対ホワイトルーム生への育成の論理を組み込んだ本格的な勉強方法を実行することは当然出来ない。
不信感を持たれることは覚悟の上で、一部本当のことを伝えることに。
「正直、この手の参考書は今はもうほとんど使ってないんだ」
「……何? いや、だが塾にだって顔を出してないだろ。難しい問題だけじゃなくおまえは習ってない範囲の問題まで解いていた。それはどう説明する」
「正直なところ偶然も大きいんだ。オレは普段ネットから知識を拾うことが多い。今は動画サイトでも難しい問題を解いて教えてくれたりするだろ? たまたま閲覧してた動画で、類似する問題が出されてたから解けたんだ」
「まあ、そういうことも少しはあるかも知れないが……」
勉強が出来るからこそ島崎は疑いの色を濃くする部分もあるようで、言葉を詰まらせ納得した様子を見せることはなかった。疑われながらもオレは、特定のサイトやチャンネルだけを見ているわけでもないことを強調しておく。
結局のところ秘密主義、そう受け取られることにはなってしまうだろうが、それはやむを得ないところだ。
「ただ───参考書に関して役に立ったと感じたものはあった」
本屋はよく利用する。その中で、参考書にはどんなことがどの程度書かれているのか、幾つか立ち読みした経験はある。その記憶を頼りにどれが一番学習に適していると感じたか、それを島崎たちに教えることは可能だ。
「もしそれでも良ければアドバイスをさせて欲しい」
何も教えないのではなく、教えられることは伝えるし、参考になりそうなところは参考にしてもらいたい、そんな意志があることだけはしっかりと示す。
あとは受け取り手である島崎がどう判断するか。それに委ねられる。
本当のことを教えない嫌な奴と判断して終わりにするか、そういう側面を持つオレに疑問を抱きながらも自分の糧にするために、現状から前に進む選択肢を選ぶか。
迷う時間もほとんどなく、島崎は頷き返事をした。
「分かった。そのアドバイスを遠慮なく貰おう」
自分のレベルを上げるため、まずは信じてみることから始めることにしたようだ。
その求めに応えるように、オレは感触の良かった参考書を薦める。
両者は迷わずそれを手に取ったものの、吉田はすぐに購入を諦めた。というのも、参考書は当然ながら目指す大学のレベルや方向性に応じて必要とする情報が大きく変わる。高いレベルを求めている島崎にはヒットしたとしても、吉田には無縁だったりする。
なので、その後は吉田にヒアリングをして、オレと島崎の2人で彼に合っていると思われる参考書を探し出すことにした。
30分ほど学参コーナーをウロウロし、色んな本を見てはああでもないこうでもないと話し合いながら、取っては戻し取っては戻しを繰り返す。無駄とも思えるやり取りもあったが、けして悪い時間とは感じず、むしろ充実して楽しい時間だった。少しずつだが、着実に吉田の意向を汲み取る作業を続けて、最終的に購入する参考書が確定した。
些細ながらも、協力して何かを作り上げる達成感に近いものを得ることが出来た。
それから最後に3人は一度バラバラになって、各自他に買う本が無いかを見るため少しだけ散策して再び書店内で合流する。
幾つか気になる雑誌や小説は見つけられたが、今はまだプライベートポイントに余裕もないため、今回は全て見送ることに。
「その本はなんだ?」
オレや島崎が薦めた参考書以外にも、沢山の本を手に抱えて戻ってきた吉田に島崎が指摘を入れる。
「ん、これか? 別に参考書以外を買ったっていいだろ?」
吉田が手にしていた本はメンズのファッション系雑誌やマンガ。異性にモテるための外見や服装に関するものと、トークスキル、テクニックが書かれている本だった。
「勉強も大事だけどな、恋愛だって大事にしたいんだよ。もう高校生活はあと1年もないんだぜ? 女子高生と恋愛できる最後のチャンスを無駄に出来るかっての」
3人でレジに向かいつつ、そんなことを言う吉田。
「別に最後とは決まっていないと思うが……」
少し引きながら島崎が突っ込むが、確かにその通りだ。

大学生や社会人になっても高校生と恋愛できるチャンスは0じゃない。
いや、年齢が離れすぎるとそれはそれで別の問題が出てくることになるのか。
などと真面目に考えていたが、大きな理由は別にあるだろう。
「白石に会えなくなると困るからか?」
高育を卒業するまで、という限定条件が付くと言っても過言ではない。
何となく真意を確かめたかっただけなのだが、白石の名前を聞いて吉田は大きく動揺し、抱えていた本を1冊落としてしまう。
「お、おい綾小路余計なこと言うなって!」
こちらの口を塞ぐ勢いだったが、出てしまった言葉は取り消しようがない。
「純粋に疑問を感じたから聞いただけなんだが……ダメだったか?」
「だ、ダメに決まってんだろ。べ、別に俺は白石が好きなわけじゃねえし! 前にもそう言ったろ!?」
確かに吉田本人だけは否定していたが、態度はそうじゃないとずっと言っている。
白石だって吉田に好意を持たれていると確信していた。
99%、いや100%好意を抱いていると言っても過言ではないだろう。
「……白石? おまえは白石のことが好きなのか……?」
少し先を歩いていた島崎が振り返り、本を拾い上げる吉田を見ながらそう呟く。