書籍化記念で1113万1000円もの支援!? 発売前から話題沸騰の注目作、その魅力に迫る

今回はそんな注目作の著者・黒留ハガネ先生に、本作へ寄せられる期待について、その思いをたっぷりと語っていただきました。
Win-Winな形の良いクラファンにできると思った
――『崩壊世界の魔法杖職人』第1巻がいよいよ発売されます。今の心境は?
黒留ハガネ(以下:黒留):書籍化は4作品目で、出版に関することにもだいぶ慣れてきたせいか、あまり緊張感などはないですね。それこそ、(『世界の闇と戦う秘密結社が無いから作った(半ギレ)』で)初めて自分の小説が書籍になった時は、現実味がなくて発売日まですごくソワソワしていました。直前に出版社が火事を起こすかもとか、隕石が落ちてきたらどうしようとか、あり得ない心配もしていました(笑)。今回は、人事は尽くしたので、天命を待とうという感覚です。

――本作は、黒留さんの作家としてのキャリアの中で、どのような作品ですか?
黒留:当時、別の連載小説について考え過ぎて煮詰まり、イライラしていた時、何も考えずに好き勝手に小説を書いて息抜きしようと思って書き始めた作品なんです。だから、最初は、かなり適当に、書きたいことをバーッと書いていて。私は、物語の設定や世界観を作り込むのが好きなのですが、この作品では、設定に遊びを持たせることをまず意識して、詰めすぎないようにしながら書き始めました。
――主人公・大利賢師が、「超器用」という地味な特技で大活躍していく設定がユニークです。
黒留:5年くらい前、人気VTuberさんが「APEX」というゲームの実況配信をしている時、オクタンという足の速いキャラクターを使って「俺の特殊能力、足が速い!」と叫びながらプレーしていたのが面白くて。他のキャラは、敵の位置が分かるとか、範囲攻撃ができるといったすごい特殊能力を持っているのですが、オクタンは足が速いだけ。それも目にも止まらぬ速さとか、瞬間移動とかではなく、普通に足が速いんです。その特徴が、他のキャラのすごい特殊能力と同列に扱われていることが面白くて、キャラクター作りのためのネタ帳に書き留めていました。
そのネタを引っ張り出し、「アジリティ」(敏捷性)から「デクステリティ」(器用さ)に置換し主人公の能力にして、自分なりのキャラクター作りのノウハウに当てはめて、キャラ造形していった形です。
――書籍のイラストは、かやはらさんが担当されています。かやはらさんとは、どのようなやり取りがあったのでしょうか?
黒留:「イラストの中に、こういうものを入れて欲しいとかありますか?」と聞かれた際、個人的に情報量の多いイラストが好きなので、小物とかの候補をいっぱい送ったんです。その中から一つか二つ採用されたら嬉しいなと思っていたのですが、かやはら先生は、10個くらいの候補を全部、採用してくださって。嬉しいけれど、「本当に良かったのかな?」と少し思いました(笑)。
でも、他のオーダーで私の意見が不適切だった時は、専門家の立場で「私は、そうじゃなくて、こっちの方がいいと思います」ときちんと指摘もしてくださるんです。それに、かやはら先生のイラストからは、小説をしっかりと読み込んで下さっていることが伝わってくるんですよね。だからこそ、信頼してお任せできますし、小物の件も絵として大丈夫だから、採用してくださったんだと思っています。
――本作では、特装版制作と宣伝販促を目的としたクラウドファンディング(以下、クラファン)も実施され話題を集めました。
黒留:私は、クラファンについてあまりよく知らなかったので、最初に企画を聞いた時には驚きました。すでに1巻の発売は決まっていたのに、なぜお金を集めようとするのか分からなかったんです。でも、担当さんから詳しく話を聞いて、これは意義のあることだと思いました。
――どのようなところに意義を感じたのですか?
黒留:私は、発売前に実績を立てるためのクラファンだと理解しました。普通、新しい作品は、まず1巻を出し、売れたという実績を立てることで、次の巻ではもっと大きなことができるようになる。一方、小説賞の受賞作だと、「何々小説賞、大賞受賞」などの実績を担保に、最初から大きく打ち出すことができるんです。
『崩壊世界の魔法杖職人』は、WEB版を読んだ編集さんが拾い上げてくれた作品なので、受賞作のように1巻発売前の実績を作ることは普通できません。でも、クラファンで成功すれば、これだけの読者の支持を受けていて、これだけ人気なのだと発売前から証明できる。そういう点で、やる意義はあると思いました。それに、おそらくクラファンが無ければ、1巻で特装版が出ることはなかったと思うんです。

――特装版は、人気作となった後に出る印象があります。
黒留:1巻から特装版を出せれば、WEB版を読んで熱心なファンになってくださった方々にも、きっと喜んでもらえる。双方がWin-Winな形の良いクラファンにできると思いました。
――作品の内容にもちなんだ様々なリターン品が設定されていました。黒留さんから提案したものもあったのですか?
黒留:東京魔法大学学生証、竜の魔女のサイン、東京魔女集会血判状などいくつか提案していて、ほとんどが採用か、形を変えて採用になっています。あと、眺めているだけでも「何か面白いことやってるな」と思ってもらえる楽しいクラファンになったら嬉しいと思って。一番安い(1000円の)コースとして「吸血の魔法使いへの香典」を作ってもらったりもしました(笑)。
――6月6日(金)の18時にクラファンが開始すると、わずか13分で最初の目標金額である100万円を突破しました。
黒留:今回と似た要素があるクラファンの先例を調べて、最終的に300万円ぐらい集まるのではという仮説を立てていて。Web連載のページにもクラファンのことは書いていたので、それを見た方に支援していただき、ゆっくりでも募集期間の真ん中頃までに150万円ほど集まれば、最終的に予想くらいは集まるんじゃないのかなと思っていました。しかし、開始13分で達成ということは、クラファンが始まるのを今か今かと待っていて、始まった途端に支援してくださった方が大勢いたということ。私の想像以上に熱量高く支持してくださっている方が多くて驚きましたし、非常に嬉しかったです。
――その後、追加目標のストレッチゴールも次々と達成し、最終的には660人の支援者から総額1113万1000円の支援を集めました。
黒留:予想を遥かに上回っていたので、この結果を自信にすること以上に、驕り高ぶらないように気を付けようと思いました。具体的には、支援してくださった方々の人数や支援金額についての話題を扱うときは、必ず厳密に660人、1113万1000円という表現を使っています。記事などでは、約600人とか1100万円以上などの簡略化した数字で表す場合もあると思いますが、私がそう表現するのは、残りの60人の方や、13万1000円をないがしろにすること。一人一人をちゃんと認識していくことが大事だと考えています。
Web版を読んだ人も買って良かったと思える本に
――1巻特装版に付属する小冊子は、どのような内容になっていますか?
黒留:私は、好きな漫画のファンブックなどに、その本でしか得られない新情報がたくさん載っていると嬉しいんです。だから、特装版の小冊子も補足的な新情報がいっぱいあり、読むともっと1巻を楽しめる内容になっています。具体的には2つあって、1つが魔法言語学関連の設定。1巻に「吉田予想」という概念が出てくるのですが、書いた時には具体的な内容を決めておらず、「ディテールが深いな」と思ってもらうための言葉でした(笑)。しかし、後からその内容を補強することができたので、実は、こういうものだったんだということを書いています。
もう1つは、本編の中では語られていない青の魔女の経歴。かなり暗くて辛い話なので、本編の雰囲気にはそぐわないと思い、書いていませんでした。しかし今回、編集さんから「書くだけ書いて欲しい」と言われ、「たぶんカットされるだろうな」と思いながら提出したら、そのまま全部載りました(笑)。なので、けっこう長めになっています。

――すでに2巻と2巻特装版の発売も決定しているそうですね。気は早いですが、どのような内容になりそうですか?
黒留:1巻もそうなのですが、Web版を読んでくれた人にも書籍を買って良かったと思ってもらいたくて、Web版の行間を補強する形でかなり書き足しています。設定やストーリーを変更したわけではなく、例えば、Web版では描かれていない2か月の間、実はこういうことがあったんだよみたいな補強のストーリーを入れているんです。Web版の2巻の範囲では1年近く間の空く時があったので、1巻よりもさらに行間が補強されています。
あと、2巻に登場する、あるキャラクターに関しては、個人的に少し気になることがあって、キャラクター性をさらに掘り下げています。特装版の小冊子に関しても、1巻と同じ方針ですが、2巻の本編で主人公である大利の視野が広がった結果、特装版の中で触れられることも増えて。より世界観を広く掘り下げられる特装版になっていると思います。
――Web版の読者もより楽しめる書籍や特典になっているのですね。黒留さんは、Web版に対する読者の感想すべてに返信をしています。過去作でもそうですが、ずっと「全レス」を続けているのはなぜですか?
黒留:15年くらい前、初めて小説を投稿したのは、投稿者同士が小説を読み合って、感想も付け合う企画をやっているサイトでした。そこで小説を投稿して感想を書いてもらったのが嬉しかったし、書いた感想に作者からの返信があると嬉しかったんです。そういう原体験があるので、私の中の読者としての心が、感想には返信をしたいと言うんです。
――しかし、作品の人気が高まるにつれて、感想の量も増えているので、返信も大変なのでは?
黒留:著者の方が人気になって忙しくなり、感想の返信がもらえなくなることは、私も体験したことがあって。それは誰が悪いことでもなく、どうしようもないことだと思います。でも、その理屈は分かっていても、やっぱり寂しい気持ちにはなるんですよね。もし私が返信できなくなっても、大多数の読者の方は事情を理解して下さると思うのですが、寂しさを感じる人は必ずいるはず。そういう気持ちにさせてしまうことがすごく嫌だったので、物理的な時間が許す限り、どんなに人気になっても一人一人に感想を返していこうと決めて、それを続けている形です。
――書籍版発売の前日、9月24日(水)には、Webコミックサイト「ヤングエースUP」で、風都ノリさんによるコミカライズも始まりました。
黒留:(取材時点で)第1話のネームを拝見しましたが、さきほどお話ししたように、本作は息抜きのつもりで書きはじめた作品です。最初はあまり読者を意識しておらず、自分の好きな設定の話が多いんです。だから漫画映えするアクションシーンも、ヒロインの登場も遅く、コミカライズはすごく大変だったと思うのですが、風都先生は、本当に丁寧に小説を読み込んで見どころをピックアップし、読者が脱落しないように構築し直してくださっているんです。大変な苦労をお掛けしました。2話以降の内容は、原作でも読者映えを意識し始めているので、1話ほどのご苦労はおかけしないはず(笑)。コミカライズも、ますます面白くなっていくと思います。

――最後に、今後の『崩壊世界の魔法杖職人』についての展望を教えてください。
黒留:私は商業目線が苦手で、自分の小説をIPとして育てていくという意識に欠けているので、そのあたりは編集さんにおんぶにだっこという感じです(笑)。だから私は、この物語をずっと面白いまま完結させることに注力して今も書いています。
――最終的な結末は、すでに固まっているのですか?
黒留:Web版の30~40話ぐらいを書いた時点で、結末まで全部決まりました。あとは、どれだけ美しく、「面白かったな」と思ってもらえるような形でゴールインするかを考えています。
作家。2019年、小説投稿サイトで発表していた『世界の闇と戦う秘密結社が無いから作った(半ギレ)』が書籍化。その後も数々の作品を発表し、『冒険者酒場の料理人』『不老不死のお薬だしときますね』も書籍化。『冒険者酒場の料理人』は、コミカライズもされている。
『崩壊世界の魔法杖職人』書評
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