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囲碁×異世界転移ファンタジー『星天 天才囲碁少女、異世界で無双する』著者にして、現役アマチュア囲碁棋士が語る「囲碁の魅力」とは?

ドラゴンノベルス
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2025/11/07
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 2025年11月にドラゴンノベルスより刊行された『星天 天才囲碁少女、異世界で無双する』は囲碁と異世界転移ファンタジーを掛け合わせた独創性抜群の注目作。メクリメクルでは現役アマチュア囲碁棋士の顔を持つ著者・空兎81さんに囲碁の魅力を突撃インタビューするとともに、本作のユニークな面白さをお届けしちゃいます。囲碁について詳しく知らなくても楽しめる――いやむしろ囲碁を知らない人にこそ、その面白さに気付いてもらえるような本作特集をぜひ最後までご覧ください。

『星天』著者・空兎81さんが語る、囲碁の魅力とは?(下)


見渡してみたらあまり見つからなかったので、
だったら自分で書いてみようと思って書き始めました。


―――小説熱と囲碁熱がクロスしたところに生まれた作品ということですね。それだけに小説としても囲碁ものとしても熱い作品になっていると思います。何しろ囲碁の勝負ですべてが決まる世界で、囲碁に命をかけてしまえる少女が主人公のお話ですから。そうした世界観やストーリーはどのようにして生まれてきたのでしょう。

空兎81:今の流行りは、普通の人が異世界に行って気付いたらなんかやっちゃいましたねという感じで、それはそれで大好きで読んでいたんですが、今はそういった気分ではなくて、なにかやるなら真剣にやりきって欲しい、前向きに努力して自分のすべてを投じてやり抜いてほしいといった感じに、主人公が頑張る話を読んでみたいなと思ったんです。そのときはいい感じの好みの作品に出会えなかったので、だったら自分で書いてみようと思って書き始めました。

―――囲碁で負けたら命が奪われることもある世界で、それでも引かずに死力を尽くして戦うヒロインの星天が怖いくらいに魅力的でした。

空兎81:どうしてこの子はそこまでして戦うのかを考えて、常に死と隣り合わせの人生を生きてきて、負けたら終わりという境遇にあったんだというという思いが浮かびました。そこで、現世で夜乃空綺星という少女が病弱だったというの設定を付けました。

―――前世でのそうした境遇が描かれていたからこそ、星天が囲碁の勝敗によって重要なことが決まる世界に行って戦う姿に重みというか説得力のようなものが感じられて引きつけられました。

空兎81:そのことをすごく意識して書いたので、感じてもらえれば嬉しいですね。

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©️空兎81・惑星Y

―――それでも、棋礼戦のように負けたら首を斬られることもある対局もあって、挑むのは相当なとてつもない覚悟が必要です。現実世界の本因坊や名人でも負けますから。そんな大変な世界を設定した理由にはなにかあるのでしょうか。

空兎81:それだけ真剣に囲碁に向かって欲しいなと思っていたからです。囲碁は江戸時代末期が一番盛んだったんですが、その頃の棋士は、命まで賭けないにしても一局に対して食いしばった歯がボロボロになるくらいの強い気持ちで勝負に臨んでいました。「御城碁」という棋士たちが将軍様の前で打つ碁のために死ぬ気で戦ってきた歴史もあります。

―――そうした世界で星天は、とにかく攻めて攻めて攻め勝つような棋風で勝利を重ねていきますが、そこに現れたのが鳴良という少年で、強くなさそうなのに気がつくと半目でも勝っているような碁を打ちます。こうした対称的なキャラは意識して造形されたのでしょうか。

空兎81:そこは対比を意識していました。わたし自身も相手の石を“殺す”碁が得意で、石を取ったら勝ちなんだから、とりあえず殺そう!みたいな碁を打ってます(笑)。反対に終盤はすごく苦手で、全体的に大味な碁を打つタイプです。逆に(というと比べるみたいでおこがましいのですが)、藤沢里奈先生は終盤が得意で、とても繊細な打ち方をされるんです。半目までしっかりと計算し尽くすというスタイルはわたしには絶対真似ができないもので、鳴良はそんな藤沢里奈先生をモデルにしたところがあります。星天の棋風は上野愛咲美先生を参考にしていることが多いです。攻撃的な碁を打たれる先生で、藤沢里奈先生とライバル関係にあって、そんなお二方の戦いを意識して書いてみました。

―――星天はヒロインですが鳴良もずっとメインで登場し続けるのでしょうか。

空兎81:この物語は星天と鳴良のダブル主人公だと思って書いているので、最後までそのままいくのではないでしょうか。

―――攻め碁の星天に、緻密な鳴良という「色」が2に人には出ていますが、これから出てくるほかの強豪たちはどのようなキャラになるのでしょう。

空兎81:そこが今、一番頭を悩ませているところですね(笑)。対局する棋士たちにどのような特性を持たせるのか。序列3位の財前や序列1位の凜刹、序列4位の快燕の他に2位や5位の怕連といった強い騎士たちがどんどん出てきます。その人たちがどういう打ち方をするのか。モデルの人はそれぞれいますがどう表現したら良いのかを考えています。

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©️空兎81・惑星Y

―――星天や鳴良は女性の棋士をモデルにされていましたが、男性の囲碁棋士をモデルとして意識している人もいるのでしょうか。二度も七冠制覇を達成した井山裕太先生とか……。

空兎81:囲碁、お詳しいですね!? 実のところ、井山先生はめちゃめちゃ意識しています! 本作に登場する序列1位の凜刹というキャラクターは井山先生をイメージして書いているところがありますね。オールラウンダーなところが井山先生の素晴らしいところで、凜刹もそうした棋士になりそうです。大ベテランの棋士の方も出したいですね。私は趙治勲先生の碁がめちゃめちゃ好きです。碁が独創的で、文字で表現するのは難しいかもしれませんが、ぜひ書いてみたいです。

―――『星天』ですごいのは、囲碁の小説であるにも関わらず棋譜が一切掲載されていなくて、ヨセとかツケとかハネとかコウといった専門用語についても用語解説ページが別途あるとはいえ、本文中では説明しないで書いてあるところです。実際には雰囲気や勢いですんなり読めてしまうのですが、初めて囲碁に触れた人だと何が起こっているか分からないところがあるかもしれない、みたいなことって考えました? また、そうしたのは何か理由があるのでしょうか。

空兎81:実は、最初の頃はぜんぶ棋譜を用意して書いていたんです。石を置く場所を黒1三々といった風に書いていたんですけど、読み返してみるとあまり面白くなかったんですね。リーダビリティーが落ちるとでも言うんでしょうか。用語についても、マンガにはよく必殺技が出てきますよね、その意味は分からなくても何か技が仕掛けられているんだという感覚で読んでいるのと同じで、囲碁でも全部技名だと思って読んでもらえれば良いとう感覚で書いています。戦闘マンガの描写でも、首をひねったとか撃ったと書かれていてイメージとして浮かんでも、具体的には何か分かってないところがあるので、囲碁でも雰囲気で押し切りました。

打っている人が、石に人が命を吹き込むことができる。
それが囲碁の最大の魅力だと思います。


―――こうして囲碁でいっぱいの小説を読むと、自分でも囲碁を打ってみたくなります。改めてお聞きしますが囲碁の魅力ってなんでしょう?

空兎81:囲碁は将棋と違って、石自体にはなんの能力もないんです。黒石も白石もひとつひとつがすべて一兵卒にすぎません。将棋の駒は桂馬なら飛べるとか、角は斜めに動くといったそれぞれにいろいろな能力がありますが、碁石の能力はそこに置かれるということだけ。けれどもその石が絡み合うことで大きな力を発揮するところがあって、それが凄いと思っています。打っている人が、石に命を吹き込むことができる。それが囲碁の最大の魅力です。石の価値を自分で作ることができるんです。

―――「大局観」という言葉を生んだように、盤面を宇宙に見立てて広い視野で物事を判断する力を養えるといったことが言われていますが。

空兎81:正直に言うとわたしは大局観が全然なくて、一点突破が得意で良さそうな場面で狙いを定めて一点突破して殺しきるところがあります。今も囲碁を習っていて先生から大局観を持ちなさいと怒られているんですが、逆にひとつのことに対する集中力がめちゃめちゃあるとも思っていて、それが小説を書くときに発揮されている感じです。伏線も後のことを何も考えないで貼ってしまって、その時が来た時につじつまを合わせようするところがあって、ちょっと良くないかもしれないですね(笑)。

―――逆に、熱量と勢いで読ませる作風に繋がっていると思います。こうして囲碁の魅力を小説で描くことで、これから囲碁が流行って欲しいと思っていますか。

空兎81:めっちゃめちゃ思っています。何かの記事で読んだのですが、『ヒカルの碁』がブームを作った時の子どもが、今は30代や40代になって子育て世代に入っているそうなんですね。それで、子どもたちに囲碁を習わせようかと考えている時に、わたしの作品が少しでも響いて囲碁を選択肢のひとつにしてもらえるようになれば、すごく嬉しいと思っています。

―――囲碁のことをそれほど知らない人でも本作を読んで楽しいと思ってもらえそうなポイントがあれば教えて下さい。

空兎81:今の現代社会は、何かに対して一生懸命やるということがなかなか難しい時代になっていると思うんです。個人的に。タイパとかコスパという言葉が流行りだして、自分の力を100%本当に発揮してっていうよりは、もっと気軽にやろうよという風潮になっている気がして。その中で、逆に一生懸命やるということはとても大事なことで、本作はそれを伝えられる作品だと思っています。命をかけるというのはややオーバーな表現ですが、それくらい真剣に物事に取り組む姿というのは、やはり人に感動を与えられると思うんです。一生懸命何かをする姿は、他から見ても応援できる姿勢です。そういう意味で、囲碁とか将棋って盤上のスポーツ、と言ってもいい競技だと思うんです。そういう部分に真っ直ぐ向き合っている――というところに魅力がある作品ではないかなと思っています。

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©️空兎81・惑星Y

―――小説家として『星天』以外に書いてみたい作品はありますか?

空兎81:局地戦しか得意ではないので、今は『星天』に集中していて他に書いているものはありませんが、次に書くとしたら、やはり囲碁の小説になるでしょうね。わたしは囲碁が好きなんだということを『星天』を書いていて改めて思いましたから。もし書くとしたら、囲碁が流行っていた江戸時代の話になるかもしれません。わたしは江戸時代とかの棋士の棋譜がすごく好きなんです。昔の棋譜は本当に人間味にあふれていて、打った人の考え方とか意思とか生き方が反映されているように強く感じます。

―――江戸時代の棋士が現代で無双するとか?

空兎81:逆ですね。囲碁のプロ棋士を目指している院生ぐらいの人が江戸時代に行って、AIのようなものに頼らないで自分の力で勝ち切るといったテーマで書きたいなと思っています。『四百年後の現代にこの名が残る棋士になる』というキャッチコピーにしたいです。江戸時代は本当に囲碁棋士の位が高くて、武士と同じような価値があるとされていた時代なので、そこで成り上がっていく展開にすれば面白いものになるのではと思っています。

―――貴重なお話ありがとうございました。小説と囲碁でのご活躍を期待しています。

●文・取材:タニグチリウイチ



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