『白昼夢の青写真』鬼才・緒乃ワサビ自ら手掛けた傑作ゲームのノベライズ、その魅力に迫る!
多くのプレイヤーを虜にした『白昼夢の青写真』とはいかなるゲームか。
その成り立ちと小説版の魅力に迫る!
ユーザーと向き合い生まれたゲームブランドLaplacianの傑作
2020年に発売されたビジュアルノベル『白昼夢の青写真』というゲームをご存知だろうか。その唯一無二の優れたシナリオは口コミを通じて評判を高め、今やビジュアルノベル界の傑作として多くのファンに語り継がれる名作である。
テキスト形式の物語を読むことに主眼を置いたコンピューターゲームの一ジャンル。物語はイラストや音楽、キャラクターボイスで彩られており、没入感の高い状態でシナリオを楽しむことができる。また選択肢を選ぶことでシナリオの流れが変わっていき、マルチエンディングとなるのも特徴の一つ。
制作を担ったゲームブランド・Laplacianは、過去に『キミトユメミシ』『ニュートンと林檎の樹』『未来ラジオと人工鳩』といった作品を世に送り出してきた、知る人ぞ知る存在であった。2016年発売の処女作『キミトユメミシ』では〈夢〉、2017年発売の二作目『ニュートンと林檎の樹』では〈タイムトラベル〉と〈科学史〉、2018年発売の三作目『未来ラジオと人工鳩』では〈ポストアポカリプス〉と、SF色の強い作品を取り扱ってきたことがLaplacianの特徴と言える。
とはいえ、当初のLaplacianは「小難しい理屈は抜きにして楽しんでもらう」という方向性のブランドだった。『キミトユメミシ』では唐突なキャラソンが挿入され、『ニュートンと林檎の樹』では科学要素の解説にラップを用いるなど、コメディ色が濃く描かれていたからだ。そのため、ユーザーからは三作ともに、あくまで「SFゲー」ではなく、いわゆる「キャラゲー」として認識されていた。
そんなLaplacianはユーザーとの向き合い方がユニークなブランドとしても知られる。かつて『ニュートンと林檎の樹』の発売後には「ニューリン批評空間」と称して、Laplacian自ら批判賞賛問わずユーザーからのレビューを募り(最終的に389件のレビューが寄せられた)、配信にて討論会を行うユニークな試みがなされている。また、『未来ラジオと人工鳩』の発売後にも、「ネタバレ感想配信」と題して同様の施策が行われた。ユーザーの意見を収集し分析するのは、程度の差こそあれ多くのクリエイターが行っていることではあるが、積極的に意見を募りオープンに分析するその姿勢はなかなか見られるものではない。
こうしてユーザーの正直な言葉と向き合いながら、およそ二年の歳月を費やした結果、満を持して世に送り出された作品が『白昼夢の青写真』だった。
本作はライトなSFであった過去三作とは打って変わり、コメディ要素の比重を大幅に減らした本格SFだった。とはいえ、過去作からの流れが途絶えたわけではない。『白昼夢の青写真』は「CASE-1」「CASE-2」「CASE-3」そして「CASE-0」の四部で構成されているが、それぞれ年代や登場人物こそ異なるものの「CASE-1」は『キミトユメミシ』、「CASE-2」は『ニュートンと林檎の樹』、そして「CASE-3」が『未来ラジオと人工鳩』と舞台を同じくしており、過去作ファンとしてはニヤリとできる要素となっている。
以上の通り、Laplacianの過去三作の流れを汲みつつ、それらを束ね本格SFとして昇華させた『白昼夢の青写真』は、まさしくブランドの集大成と呼ぶべき作品と言えるだろう。そんなLaplacianの威信を懸けた作品はシナリオを高く評価され、口コミを中心に大きくその名を広めていくこととなるのだった。
原作シナリオライター自ら再構築した新たな物語
この『白昼夢の青写真』が、このたび角川スニーカー文庫から小説版が発売されることと相成った。ノベライズを手掛けるのは、Laplacian代表にして原作シナリオライター当人である緒乃ワサビだ。
当然、進行がユーザーのクリックする手に委ねられるゲームならではの仕掛けを小説で再現することは困難だが、小説という媒体に最適化したブラッシュアップが行われ、小説版で初めて『白昼夢の青写真』に触れるという読者でも問題なく物語に没入できる作りになっている。もちろん、原作を知っていれば「ここをこう変えてきたのか!」といった楽しみ方もできる。
さて、肝心の内容だが、小説は原作ゲームにおける「CASE-3」をベースに再構築され、不登校の少年・飴井カンナと、刹那的に生きる教育実習生・桃ノ内すももによる、二週間という短い期間を濃密に描いたボーイミーツガールとなっている。ここまでSF作品として紹介してきた『白昼夢の青写真』ではあるが、まずはハイクオリティな王道青春小説として、ぜひとも楽しんでいただきたい。そして、合間合間に挿入される意味深な幕間が、今後どう繋がっていくのかにも要注目だ。
少し話は逸れるが、2023年に『朗読劇 白昼夢の青写真 CASE-_ 誰が為のIHATOV』というイベントが行われた。ここでも緒乃ワサビが自ら脚本を手掛けたわけだが、やはり朗読劇ともなると、ゲームシナリオとも小説とも勝手が違うのは想像に難くない。このイベントも参加者からは好評の声が寄せられている。
また、緒乃ワサビは朗読劇に携わったあとに、『天才少女は重力場で踊る』(新潮文庫nex)という作品で小説家デビューを飾っている。のちに同じく新潮文庫nexから刊行された『記憶の鍵盤』と合わせ、緒乃ワサビはすでに二作の小説を書き上げているのだ。つまり、他媒体への適応を可能とする緒乃ワサビの技量の高さは、すでに示されていたと言えよう。そんな著者が手掛ける『白昼夢の青写真』のノベライズが面白くないはずがない。大いに期待して読んでもらいたいものだ。
青春小説を読みたい方、往年のセカイ系ファン、そしてもちろん原作ユーザーにも!
先述の通り、小説版では王道のボーイミーツガールが描かれる。SF作品のノベライズということで敷居の高さを感じる方もいらっしゃるかもしれないが、まずは独立した一作品として、本作を手に取ってみるのもいいかもしれない。そもそも近年はパソコン環境を持たない人も増えており、ビジュアルゲームがプレイしづらい状況にある(ゲームが動くパソコンとなればより高価になるわけで)。『青写真の白昼夢』はNintendo Switch版などコンシューマー向けにもリリースはされているが、まずその世界に入り込む「体験版」のような気持ちで、小説を手に取っていただきたいものだ。
また、『白昼夢の青写真』は「認知」を鍵としたSF作品である。それは、同じく角川スニーカー文庫から刊行されている「涼宮ハルヒ」シリーズなどにも共通するところであり、往年のセカイ系ファンの方々にもオススメしたいポイントだ。セカイ系という言葉がピンと来ない方であっても、『イリヤの空、UFOの夏』(電撃文庫)や新海誠監督の『天気の子』のような物語群が好みであれば、絶対に刺さる作品としてオススメできる。
もちろん、原作ファンも改めて楽しんでいただける作品に仕上がっていることは言わずもがな。一冊の青春小説として楽しむもよし。セカイ系SFとして考察を楽しむもよし。そして、原作ゲームとの差異を探して楽しむのもよし。様々な読み方ができる小説となっている。ぜひとも手に取っていただき、各々の楽しみ方を見出しつつ、緒乃ワサビという才能に出会ってもらえたらと切に願っている。
文:太田祥暉
興味が湧いた人はぜひチェック!
傑作ゲームをノベライズした小説『白昼夢の青写真』
イラスト:霜降
原作:Laplacian
レーベル:角川スニーカー文庫
見知らぬ白い部屋で目をさました僕・海斗。そこにはもう一人、言葉を失った儚げな少女・世凪がいた。人が消えて死んだように眠る新宿で、たった二人の僕ら。世凪と僕に何が起きたのか? そして──さっきまで僕が見ていた「夢」は、何なのか?
夏。高校。教育実習生の桃ノ内すもも。先生のくせに危なっかしくて、気づけば懐に踏み込んでくる彼女。ハレー彗星を最高の写真に収める、一世一代の大冒険。この夏を生きることが世凪を救うことに繋がると知った僕は、再び夢の中へ潜り込んでいき──。
並走する二つの物語は、交差しながら真実に向かう。【世界と呼ばれた少女】を巡る傑作ゲームを、原作者が小説化。
真っ白な部屋で軟禁状態にある記憶を失った男性と、自我を失った白髪の少女。海斗は世凪を救うために自ら望んでこの環境にいるとのことだが、その真相は果たして……?
ノベライズ第1巻におけるヒロイン。刹那的かつ奔放に生きる、それなりの男性経験を持つ教育実習生。大人のようで時に子供のような無邪気さをみせる姿に、カンナは翻弄されながらも惹かれている。
ノベライズ第1巻における主人公で、反抗的な不登校生徒。父子家庭だが父との折り合いが悪い。亡き母のようなカメラマンになるのが夢で、そのためにハレー彗星の写真を撮ろうとする。
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