3
――そうして、時はマスカレードナイトの当夜、アルが会場に入り込んだ刺客の一人を始末し、ヤエと連絡を取り合う場面へ舞い戻る。
案の定、アルの提言はプリシラには聞き入れられず、『マスカレードナイト』は開催の運びとなった。
結果、アルは慣れぬタキシードに身を包み、珍しく、プリシラの道化としてではなく、周囲に認識される『騎士』の務めに従事している。――全く、最悪の気分だ。
この役回りがではなく、『騎士』なんてお役目をやらなければならない現状が、だ。
『もしもし~? アル様~?』
「ああ、悪い。ちょっとキャッチが入ってた」
兜の側面に当てた空のグラス、それが振動で伝えてくれるヤエの声にアルが応じる。
そのアルの手にしたグラスの持ち手部分には、目を凝らしても見えづらいほど極細の糸が結び付いており、それは屋敷の暗所に隠れるヤエの手元に続いている。いわゆる、『糸電話』の原理を利用した、中距離連絡手段。――フィクションにしか存在しないと思われたロマン溢れる武器、『糸使い』ヤエ・テンゼンのお手並みである。
パーティー当日までの事前準備の間に、アルはこのヤエの糸電話を屋敷のあちこちに仕掛け、こうして顔を合わせずともやり取りする土壌を整えておいた。
「本当は『対話鏡』のワンセットがありゃ、しなくて済んだ苦労だが」
『気軽に言わないでくださいよ~。他の『ミーティア』に比べたら出回ってる量こそ多いですけど、それでも簡単に手に入るものじゃないです。ましてや、今の私は職なしで、アル様に雇われるヒモ女なんですから』
「ヒモって、普通は男にしか使わないから要注意な」
『え~、それまたなんでなんです?』
「さあ? ニホン語の不思議なとこ」
その言葉が作られた当時の男女観が出ている印象があるが、それをこちらの世界で掘り下げても自説ですが以上の結論にはならないのでアルはうっちゃった。
それよりも――、
「結構手強かったけど、どうだ? これで打ち止め?」
『ん~、頑張ったアル様にはヤエちゃんの頑張ったで賞を授与してあげたいんですけど~、ちらっと見た感じ、まだ八人くらいいるかな~って』
「八……!? お前のときは単独だったのに? もしかしてお前、捨て駒?」
『最低でも、今きてるシノビの九倍優秀だったって言ってくださいよ~。単独で送り込んで安心安全、可愛くて頼もしいヤエ・テンゼンです』
思った以上の先行きの長さに絶句するアルに、おどけたヤエの言葉が空しく響く。
とはいえ、茶化し返す気にもならないヤエの軽口は事実なのだろう。――パーティー会場に潜り込んだ複数のシノビ、プリシラの暗殺を目的とした彼らも、まさか自分たちの素性がこうも筒抜けのバレバレとは想像だにしていまい。
しかもそれは、事前に入手した情報を元に洗い出した、とかではないのだ。
『偽装とか変装の癖って、仕草とか挙動よりも髪先とか目の端に出るんですよ。私、そういうの見抜くの得意なんです。異様に上手い若作りとか』
「最後のはシノビと関係ねぇが、助かってるよ」
シンプルに、シノビとしてのセンスで積み上げた鍛錬を台無しにしてくるのだから、刺客たちからすればたまったものではないだろう。彼らが懸命に努力してきた時間を思うと胸が痛むが、その努力の成果がプリシラの命となると話は別だ。
ヤエなんて反則技を使ってでも、アルはプリシラの命を脅かす障害を排除する。
「って言っても、あと八人もてきぱき片付けられる気がしねぇ。お前も手ぇ貸せ」
『わ~、重労働~。私、姿見せるなって命令されてるんですけど?』
「そこはうまくやれよ。何のための仮面舞踏会……マスカレードナイトなんだ?」
『少なくとも、暗殺のためではないで~す』
それはそう、と内心で首肯しながら、アルはゆっくりと首を回し、次に備える。あと八人、多少はヤエにも手伝ってもらうつもりだが、過半数は持たなくては。
せめて、嫌々ながらでも『騎士』をやり通すなら、それが礼儀というものだ。
『それにしても~』
「あん?」
『せっかくの仮面舞踏会、アル様がいつもと違う仮面で登場されるの期待してたのに、結局いつもと同じスタイルなんですね~、残念』
グラス越しに聞こえたヤエのぼやきに、アルは無言でグラスを置くのを返事とした。
着慣れないフォーマルに袖を通して、この上、兜まで取り替えようなんて思わない。そもそも、今日の主題が仮面舞踏会というなら――、
「――誰かの仮面なんて、生まれつき被りっ放しだってんだよ」
- リゼロ
- 無料公開
関連書籍
-
Re:ゼロから始める異世界生活短編集 12短編集第十二弾に描かれるは、過去を物語る三つの断片。
青き日のユリウス・ユークリウスが、初任務で出会った赤毛の少女と事件の解決に挑む『First Mission』。
若かりしロズワール・L・メイザースが共犯者たちと共に、王国と帝国を揺るがす『人狼』を取り巻く陰謀に立ち向かう『Once Upon a Time in LUGUNICA II』。
そしてアルがヴォラキアのシノビであるヤエ・テンゼンと共に暗躍する『紅炎の守護者』――。
「ヤエ、手出しすんな。そいつには、やってもらうことがある」「――お望みのままに」
全編Web未掲載の過去を綴る物語。――歩んだ道が誇りとなり、誇りが志を支える剣となる。発売日: 2025/04/25MF文庫J