2020年に投稿されたTikTokの紹介動画から人気に火がつき、大ベストセラーとなった小説『恋に至る病』。その人気はとどまるところを知らず、廣木隆一監督、長尾謙杜さん×山田杏奈さんのW主演で10月24日から映画が公開され話題になっています。
原作者である斜線堂有紀さんに小説を書いた経緯やスピンオフとなる最新刊『病に至る恋』のお話に加え、大ヒットの火種となった考察記事やTikTokなどSNSの口コミについてもお聞きしました。
自殺ゲームの開発者が女子校生だったら? という「IF」の視点が出発点
――まずは『恋に至る病』についてお聞かせください。もともと、どのように着想された物語なのでしょうか?
斜線堂:一時期インターネットですごく流行っていた「ブルーホエールチャレンジ」から着想を得ました。インターネットで誘導して、自殺させるという極めて悪質なものです。その開発者がどこにでもいる女子校生だったら? という「IF」の視点が出発点となりました。
現代日本で、どういう環境に置かれたらこのようなことを起こす子供に育つのか。また、どんな子ならクラスメイトがついていきたいと思うだろうか、孤独な時や追い詰められた時に、どんな子に寄り添ってもらいたいと人が思うか――。そういうことを考えながら景という人物像を生み出していきました。
――寄河景(よすが・けい)という名前も印象的です。彼女が皆から「けい」と呼ばれる一方で、宮嶺は名字で呼ばれています。
斜線堂:中性的で響きがきれいな名前にしたくて「景」と名づけ、その後、それに合う名字を考えました。宮嶺に関してはクラスメイトには「みやみね」と呼ばせ、ファーストネームの「望」と呼んでいいのは景だけにしようと決めていました。しかも、ここぞというとき。それによって特別感が出せると思ったんです。
――なるほど。それではタイトルはどのように決められたのでしょうか。
斜線堂:最初は『ブルーモルフォ殺人事件』とか、もう少し直接的なタイトルにしようと考えていました。けれどパッと見ただけでどんな話なのかわからないほうがいいんじゃないかといった意見もあり、『恋に至る病』に決めたんです。結果として、このタイトルでよかったと思っています。

多くを語り過ぎない、観客の読解力を信頼している映画
――映画「恋に至る病」をご覧になった感想をお願いします。
斜線堂有紀(以下:斜線堂):最近の映画としては、多くを語り過ぎない珍しい作品だったと思います。挑戦的でありながらも観客の読解力を信頼している映画だと思いました。
――印象に残っているシーンはありますか?
斜線堂:景がスピーチをするシーンですね。彼女のカリスマ性というものを表現しつつ、これから何か嫌なことが起きるんじゃないか……という不穏な空気に満ちた印象的なシーンでした。
――執筆時に脳内で描いていたイメージと俳優さんたちのギャップのようなものはありましたか?
斜線堂:イメージとすごく近かったです。理想的でした。宮嶺に関しては意識的に個性を強く描写はしていなかったので、むしろ映画を見て「ああ、宮嶺ってこんな感じだったんだ……」と。長尾(謙杜)さんも山田(杏奈)さんも、緊張感や不穏な空気感を出すのがうまい役者さんだと思いました。

ちゃんと書いておかなければ。犠牲者側の目線で描いた『恋に至る病』の裏側
――スピンオフとなる最新刊『病に至る恋』を書かれた経緯について教えてください。
斜線堂:映画の公開時期が決まってから「スピンオフを書きませんか?」というご依頼があり、せっかく機会をいただけたのだから書いてみようと思いました。内容について何をテーマにするか悩みましたが、読者から「こういう話が読んでみたい」という声が届いていたので、それも参考にしつつ、4編の連作短編を書き上げました。
――それでは順に解説をお聞かせください。まず「病巣の繭」では、景の子ども時代が描かれていますよね。
斜線堂:「病巣の繭」は『恋に至る病』の前日譚です。幼少期の景はどのように過ごしたのだろう、そして両親はなぜ景に干渉しなくなってしまったのだろうと『恋に至る病』を書いたときから考えていました。そこで幼少期のエピソードを書くことにしたんです。ただし、景がどんな人物なのか「わからなさ」を大切にしたい、と。「邪悪で大人を操るような子」と確定させないように気をつけて書きました。
――「病に至る恋」はいかがでしょうか?
斜線堂:『恋に至る病』は景と宮嶺2人の世界にフォーカスした小説でした。あの作品を書いたからには、ブルーモルフォは世界に害をもたらしたんだということをちゃんと書いておきたいと、犠牲者側の目線で描きました。『恋に至る病』の裏側ではこんなひどいことが起きていたんだよ。それでも2人の物語に感情移入できますか? と問いかけた作品です。
――延田と美姫は、スクールカーストの底辺にいるような存在です。ブルーモルフォの被害者の代表格と言えるのではないでしょうか。
斜線堂:ブルーモルフォは彼らのように拠り所のない人間をターゲットにした恐ろしいものでした。「景たちはいいことをした」という声もあったので、そんなことはない、こんなにひどい目にあった人たちがいたんだよと、ちゃんと書いておかなければと思いました。
――「どこにでもある一日の話」についてお聞かせください。
斜線堂:これは単純に「景と宮嶺の幸せなところが見たい」というリクエストに応じて書いた作品です。景が自分の話をしたり、自分の考えに触れたりするような話にしようと思いました。ブルーモルフォがある以上、2人は普通の恋人にはなれないわけですけど、少し穏やかなデートシーンも入っています。ただし、オチはやっぱりこの2人らしいものになってしまいましたが……。

自分なりの正解が見つけたくて、考察記事を書く人が多かったんじゃないか
――『恋に至る病』はTikTokの書籍系アカウントによる紹介動画の再生回数は200万回を超え、多くの若者たちに支持されました。発売から約4ヶ月後の2020年8月、少年少女KRさんの紹介した動画がバズったことがきっかけだったそうですね。
斜線堂:はい。その動画のおかげで初めて重版がかかりました。BGMが流れる中、キラキラエフェクトをかけた書影の上にテロップであらすじが紹介されている――。とてもシンプルな動画だったのに反響が大きくて驚きました。その後、小説紹介クリエイターけんごさんがより内容に踏み込んだ紹介をしてくださって第2波がきた感じです。
以前、『私が大好きな小説家を殺すまで』という作品についてツイートした際も「バズる」という経験をしました。たくさんの方に手にしてもらえるきっかけなって嬉しかったです。そういう意味ではSNSに助けられているなと思います。
――「バタフライエフェクト・シンドローム」についてはいかがですか?
斜線堂:『恋に至る病』のある考察記事に「景はこういった状況でなければいい子でいられたんだろうか」と書いてあったんです。それにインスピレーションを受けて、本当はどうなんだろう? と自分で検証しなおしてみました。景が人と関わったりしないでひとりで過ごしていたら犠牲者は少なかったんだろうか、それとも関係なかったのか。思考実験した作品です。
――『恋に至る病』は数限りなく、考察記事が書かれました。それはなぜだと思いますか?
斜線堂:皆さん、正解が知りたかったんだと思います。書いた記事に対して「合っている」「間違っている」という反応を見て、自分なりの正解が見つけたかったんじゃないか、と。「みんな、どう思った?」と聞いてまわりたい話になったのが、ヒットの要因なのだと思います。また考察記事の多くは、私自身が読んでも的を射ているものが多く、「これは違う」と思ったものはほとんどありませんでした。真意を受け取ってくださっているんだな、伝わっているんだなと感じ、とても嬉しかったです。
――映画を見た方はもちろん、『恋に至る病』でさまざまな考察をした方は、『病に至る恋』を読んで、景やブルーモルフォについての理解を深めていただきたいですね。それでは最後になりましたが、映画を見た方にメッセージをお願いします。
斜線堂:映画では描かれていない部分もあるので、ぜひ原作もお手にしていただければ嬉しいです。
取材・文/高倉優子
作品紹介
『恋に至る病』
著:斜線堂有紀 (メディアワークス文庫/KADOKAWA刊)
あらすじ
僕の恋人は、自ら手を下さず150人以上を自殺へ導いた殺人犯でした――。
やがて150人以上の被害者を出し、日本中を震撼させる自殺教唆ゲーム『青い蝶』。その主催者は誰からも好かれる女子高生・寄河景だった。善良だったはずの彼女がいかにして化物へと姿を変えたのか――幼なじみの少年・宮嶺は、運命を狂わせた“最初の殺人”を回想し始める。「世界が君を赦さなくても、僕だけは君の味方だから」変わりゆく彼女に気づきながら、愛することをやめられなかった彼が辿り着く地獄とは? 斜線堂有紀が、暴走する愛と連鎖する悲劇を描く衝撃作!
『病に至る恋』
著:斜線堂有紀 (メディアワークス文庫/KADOKAWA刊)
あらすじ
全てはここから始まった。美しい毒が、日常を侵す――。
150人以上の被害者を出した自殺教唆ゲーム『青い蝶(ブルーモルフォ)』の主催者である女子高生の寄河景。彼女がなぜここに至ったのか。その片鱗が垣間見える幼少期を描いた「病巣の繭」。ゲームに囚われた少年少女を描く「病に至る恋」。景と宮嶺望のデートを描いた「どこにでもある一日の話」。もし自分の異常性に気付いた景が小学校に通うのをやめていたら? 運命の残酷さを描く「バタフライエフェクト・シンドローム」。これは、愛がもたらす悲劇の連鎖――病に至るまでの恋の物語。
関連情報
▼著者プロフィール
斜線堂有紀(しゃせんどう・ゆうき)
1993年秋田県生まれ。2016年『キネマ探偵カレイドミステリー』で第23回電撃小説大賞〈メディアワークス文庫賞〉を受賞しデビュー。24年『星が人を愛すことなかれ』で第4回本屋が選ぶ大人の恋愛小説大賞を受賞。25年『恋に至る病』が映画化される。その他の著書に『コールミー・バイ・ノーネーム』『楽園とは探偵の不在なり』『回樹』『本の背骨が最後に残る』『君の地球が平らになりますように』『病に至る恋』などがある。- インタビュー
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