特殊災害ですべての人類が魔力を持った世界、魔法の力を得て跋扈する魔物たち、鉱物を加工し試行錯誤で作り上げていく様々な機能を持たせた魔法杖、強大な魔力で異能を操る魔女・魔法使いと呼ばれる超越者。
『崩壊世界の魔法杖職人』には実に様々な楽しみがある。
だが本作が特異なのは、ポストアポカリプスとしての構造にある。
ポストアポカリプス――人類文明が崩壊した後の世界。
遡れば神話にまで登場する終末世界は、それだけフィクションとして魅力的な題材だと言える。
映画であれば『マッドマックス2』や『猿の惑星』、『風の谷のナウシカ』といった有名作が並ぶし、近年でも『バイオハザード』、『クワイエット・プレイス』を始め多数公開されている。アニメなら『未来少年コナン』『スクライド』『アポカリプスホテル』、漫画なら『バイオレンスジャック』『少女終末旅行』『世界の終わりに柴犬と』など、新旧問わず枚挙にいとまがない。
もちろん小説でも『復活の日』『新世界より』といった作品があがるし、ライトノベルでも『終末なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか?』や『リビルドワールド』、裏設定にしてある作品ならどれだけあるかわからない。
なぜそこまでポストアポカリプスがフィクションのモチーフにされるのか?
それは明確で、非日常のドラマが作りやすいからに他ならない。
文明の崩壊には物理的精神的カタルシスがあるし、必死で生き延びようとする人々や災厄に立ち向かう姿は悲壮感や緊迫感があり、努力・叡智・執着・諦観など様々な要因が盛り込まれる。
読者は終末世界に恐れおののき、消えゆく人類に涙し、生き延びた人々を応援し、日常生活にもどって安堵する。
前置きが長くなったが、では本作『崩壊世界の魔法杖職人』はどうか。
ざっとあらましを書くと、ある日流星群から地球に降りそそいだ魔石が、電気を吸ってグレムリンと命名される鉱石に成長。
すべての電気製品が機能を停止し、人類文明はあっさりと崩壊。
魔石は生物にも影響を与え、発電器官の強い動物を死に追いやり、適応した一部のものを魔法が使える魔物に変えた。
人間も例外ではなく、静電気体質で身体をグレムリンに侵されながらも生き残ったものは魔法使い、または魔女と呼ばれ、強力な異能を持った超越者として各地を治めるリーダーとなる。
地球規模の天災、文明崩壊、魔物との戦い、生存をかけた争い。
ポストアポカリプスの要素がおおよそ揃っていると言える。
ではポストアポカリプス作品のなかでも、本作が特異なのは何故か。
それは主人公、大利賢師の存在だろう。
大利賢師は極端なコミュ障で、それと引き換えにするかのように異常なまでの器用さを持った人間だ。
高い硬度と割れやすい性質から誰一人成功者のないグレムリンの球状加工を易々とこなし、二層構造加工・正十二面体フラクタル加工といった改良までやってのけ、さらにデザインに拘って削り出した杖に取り付けさえしている。
その功績は大きく、東京湾から上陸した巨大な魔物を杖で増幅させた一撃の魔法で氷漬けにし、命懸けだった魔法語実験の死亡率を無くし、魔法逆流で発生するフィードバックダメージを軽減させるなど、人類滅亡のカウントダウンを巻き戻す成果を出している。
確かにこれらは偉業といっても差し支えない。
日本の誇る技術力、特に器用さがフックとなっているのにもユニークさと納得と面白さを感じる。
しかし、個人の活躍により世界を救う物語は今までにも数多く作られている。
着目すべきは、現代社会においてはマイナスとされる、大利の極端なコミュ障の方だろう。
大利のコミュ障は筋金入りで会社勤めは続かず、器用さを活かして手掛けた修理品やアニメの模造武器をネットオークションにかけることで生計を立てている。
奥多摩に引きこもり、小さな畑と井戸で食料を自給し、必要なものは置き配を頼み、誰とも会わないストレスフリーな生活を満喫。
文明が崩壊してもその生活は変わらず、電気のないまましばらく裏庭で拾った隕石の分析と加工に没頭し、危機感や緊迫感が全く感じられない。
大利にとって電気の消失くらいは、非日常の始まりとはならないのだ。
ポストアポカリプスでありながら主人公が日常生活を続ける、これこそがこの作品の特異性となっている。
未だ日常の中にある大利は、終末世界の低くなった倫理に囚われない。
食料を盗みにきた子供に、良識ある大人として食料を分け与える。
強大な力を持った魔女の思い出のオルゴールを手にして、壊れているからと簡単に修理する。
親の意志を継いで研究に邁進する少女の心を、何気ない一言で軽くする。
それらを易々と、なんのてらいもなくやってのける。
なぜなら日常を続ける大利には何でもないことだから。
そして非日常にある人々は、日常に触れることで救われるのだ。
ポストアポカリプスの新たな試みと魅力を持った本作。
大利の過ごす日常が果たしてどう崩壊世界に影響を与えていくのか、ぜひ見届けてもらいたい。
評●勝木弘喜
- 勝木弘喜
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大利賢師は器用さだけで生きてきた男だ。それは文明が崩壊しても変わらない。
ある日地球に降り注いだ魔法の隕石群は、地球から全ての電気を奪った。
電気に支えられていた高度な社会はたちまち崩壊。未曾有の大混乱が起きる世界を尻目に、大利は独りのんびりと隕石の一つを削り出し魔法の杖を作り上げた。
――そう、人類は電気を失ったが、代わりに魔法を手に入れたのだ。
そして大利は知らなかった。
電子機器が使えなくなった崩壊世界で、精密機械並の工作ができる自分の器用さが世界を救う力になる事を。
西に人間不信の魔女がいれば、器用さで閉ざされた心を開き。
東に命懸けで世界を救う研究をする可愛いオコジョがいれば、器用さで助けてやり。
ガラクタだって魔法の杖に加工できる。
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